部長と私の秘め事
(あぁー……、もう……)

 ただの酔っ払いなら放っておくけれど、吐きながらも泣いているので、何とかしてあげたくなる。

 私はしばらく彼の背中をさすりつつ、必要な物がないか考えたけれど、いまいち分からずにいる。

 私はお酒を飲むほうだけれど、吐くより記憶を失うからだ。

 そのうち部長がトイレットペーパーで洟をかみ始めたので、私は慌てて洗面所からティッシュボックスを持ってくる。

『他に必要な物はありますか?』

『…………みず……』

 ガラガラになった声で言われ、私はすぐさまキッチンに向かう。

『広い家! 凄いなもぉ……』

 こんな状況でなければ、ゆっくり見せてもらいたいところだ。

 キッチンの収納をあちこち開けてようやくグラスを見つけたあと、ウォーターサーバーを使わせてもらい、彼のもとに持っていった。

 部長は口をゆすぎ始め、一杯じゃ足りないと察した私は、またキッチンに戻って『失礼します!』と冷蔵庫を開けた。

 そして水のペットボルを出して彼のもとに持っていき、次から次にグラスに注いでいく。

 この際、ミネラルウォーターが勿体ないという事には目を瞑っておいた。

『うぅ……』

 落ち着いた頃、部長は胡乱な目でネクタイに手を掛け、服を脱ぎ始めた。

『ちょ……っ』

 ギョッとしている私の前で彼はジャケット、ベスト、シャツにアンダーシャツを脱ぎ、ベルトにも手を掛けてスラックスを半分脱いだ。

『もおおおおお……』

 こうなったらヤケだ。

 私は他の部屋も確認してベッドルームを見つけたあと、下着一枚の部長を支えて何とかベッドに寝かせた。

『おやすみなさい! 風邪引くなよ!』

 私は最後に彼にフカフカの羽布団を掛け、大きな溜め息をつく。

『……疲れた……』

 今すぐ帰りたいけれど、少し座って休憩したい。

 ベッドルームにソファがあったので、私はそこに腰かけて溜め息をついた。

 彼を起こさないように、部屋の照明はつけていない。

 夜の静けさの中で混乱した心を落ち着かせていると、また嗚咽が聞こえ始めた。

(……よっぽどつらい事があったのかな)

 少しだけ『事情を知りたい』と思ったけれど、部長は個人的に関わるにはリスキーな人だ。

 上司だし、何より彼を狙っている女性が多い。

 へたに関われば入社一年目で目を付けられて、嫌な目に遭うかもしれない。

 それに彼を介抱したと申し出て恩を感じられたら、堪ったもんじゃない。

 新入社員の私がイケメン部長に気を遣われるなんて、地獄そのものだ。

 今までずっと人と積極的に関わらず、静かにマイペースに生きてきた私の生活が台無しになってしまう。

(陰ながら応援してますよ。……いい事がありますように)

 落ち着いた頃、私は溜め息をついて立ちあがった。

 グラスは流しに置き、ティッシュボックスも元の場所に置いた。

 でも脱ぎ散らかした服までは面倒を見られないと思い、そのままにして家を出た。

 ロビーでまたコンシェルジュに挨拶をし、くれぐれも私がいたという事は言わないでほしいと釘を刺したあと、部屋の施錠を頼んだ。





 週明け、ビクビクしながら出社したけれど、部長はいつも通りだった。

 ショックな事があったからか、心なしかいつもより殺伐とした雰囲気を醸し出している。

 でも部下に当たる人ではないし、淡々と仕事をこなしている。

 ――良かった。

 そう思うものの、あれだけ私が大変な思いをしたのに、何も覚えていない彼を見るとシンプルにムカついた。

 だから私は、昭人に関する事で部長にズケズケと言われる前から、彼の事が嫌いだった。

 ――人の気も知らないで。

 当時は部長に恋愛感情はまったく持っていなかったし、訳アリの面倒な人という印象しかない。

 黙っていると決めたのは自分だけれど、私の苦労を知らず、美人な先輩たちに騒がれている部長を見ると、ムカムカして堪らなかった。



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