部長と私の秘め事
「はぁ……、濃密な一日だった。これでまだ一日目なんですね」

「喜べ。帰国したらもっと濃密な温泉旅行が待ってる」

「あー、楽しみ!」

 そういえば、速水家との集まりもあったと思い出すと、「やるぞー!」と気力が漲ってくる。

「……思うけど、朱里って結構陽キャだよな?」

「そうですか?」

 ソファに座った尊さんに言われ、私は目を瞬かせる。

「私、自分の事を陰キャと思ってましたけど……。恵以外にあんまり友達いないし、学生時代は本当に暗かったですよ?」

「最初は似た者同士と思っていたが、涼や俺の親戚とか、色んな人に会わせてもスルッと溶け込んで、すぐ楽しく話せてる。呼吸をするように面白い事を言えるし、もしかしたら思っていたよりずっと明るい奴なんじゃないかと思って」

「そうなんでしょうか……」

 私はソファの上に胡座をかき、うーんと考える。

「……格好悪いからあまり教えたくないんですが、学生時代の私、女子からヒソヒソ言われるタイプだったんです。父が亡くなる前は、割と引っ込み思案で人と話すのが苦手な子供でした。好意を抱いている人と『もっと話したい』と思っても上手く言えなくて、好きなのに真逆の事をしてしまう馬鹿な子供だったんです」

 尊さんはソファの上に横向きに座り、私の話を真剣に聞いてくれる。

「〝みんなと同じ〟でいたかったのに、小学校高学年の頃から身長が伸びて、初潮がきて、どんどん〝みんなと違う〟子になっていったんです。……ナプキンを持ってトイレに入るのが、凄く恥ずかしかった。みんな見て見ぬふりをするけど、私のいないところで『上村さんって生理きたんだって』って話しているんです」

 今思えば、生理なんて成人女性ならみんな経験している〝普通の事〟だ。

 けれど子供はまだ〝当たり前の色んな事〟を経験する前だから、少しでも物珍しい事があると異物扱いされる。

 昔と比べてネットで情報を簡単に拾えても、第二次性徴が訪れる頃になると、みんな〝初めて〟に戸惑って多感になる。

「プール授業の時は視線を感じたし、自分がとても〝悪いもの〟に思えて、みんなに話しかけるのが怖くなっていったんです。そしてみんなに生理がきて〝同じ〟になり始めた頃、父が亡くなって自分の心のバランスが大きく崩れていった」

 私は膝を抱えて座り直し、両手で足の爪を弄る。

「中学生頃って、みんなと〝同じ〟じゃないとハブにされるんです。……私は一生懸命〝同じ〟になろうと努力したけど、父を亡くしても〝普通〟に登校して、落ち込まず〝普通〟に過ごすのに精一杯で、みんなと同じ話をして笑ったり、遊びに行ったりとか……、できなくて、脱落してしまったんです」

 私は溜め息混じりに言い、目を閉じて当時を思い出す。

『上村さんって美人だけど感じ悪いよね』

『遊びに誘ってあげたのに、毎回断られて、こっちは誘ってやってんのに、なんでお前が〝上〟みたいな感じなの? って感じ。だる』

『強気そうな顔してるくせに、口数少ないよね~。口ついてるなら言葉にしろっての』

『でも男子ってああいう高嶺の花系が好きなんでしょ? うっざ。絶対あいつ、性格悪いに決まってる』

『男は顔だけ良けりゃいんじゃね? あと、あいつ胸でかいし』

『マジそれ! 付き合い悪いのって、そっち系のバイトで忙しいからじゃない?』

『ウケる~、あり得る』

 不思議な事に、心を刺す言葉はどれだけの年月が経っても胸の奥に残っている。

 周りの友達全員がこういう感じじゃなかったし、一部の目立つ系の女子が言っていた事だ。

 恵や穏やかな性格の友達は、私の父が亡くなった事を知っていたし、無理に声を掛けるのはやめようという感じで、距離感を守ってくれていた。

「……私、本当はいつでも声がかかるのを待っていたんです。『遊ぼう』って誘われたら『うん』って言って、仲間に入りたかった。……でも、誘われた時に、必ずしも応えられるコンディションではなかったんです。……当時は父を喪いたてで、毎日夢の中を生きているようだった。調子の悪い時はろくに人と話せなかったし、そんな私が一緒にいてもつまらないだろうな、って思って」

 もう一度溜め息をつくと、尊さんがトントンとソファの座面を叩いた。

「ん」

 彼が両腕を広げたので、私はモソモソと異動して尊さんの腕の中に収まる。

「俺も似たようなもんだったよ。高校生までの陰口代表は『浮気相手の子供』。……風磨がその裏にいたとは思えないから、怜香がママ友的な人に話をして『私可哀想ムーブ』をかまして、各家庭の親から子供に話が伝わったんだろうな」

 私は尊さんの壮絶な人生を思い出し、ギュッと彼を抱き締める。

< 689 / 693 >

この作品をシェア

pagetop