部長と私の秘め事
日常に戻れなかった
私を押し倒した部長は、端整な顔に汗を浮かべて余裕のない顔をし、まるで一匹の獣みたいだった。
(なんで皆の人気者が、私にあんな顔を見せるわけ!?)
今になって混乱した私は、ボフッと枕を殴る。
昭人の事で悩んでいたはずなのに、気がつけば部長の事で頭が一杯になり、悔しくて堪らない。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせたあと、ドキドキ鳴る胸を押さえてスマホを開いた。
【おはよう。酷くして悪かった。無理せず週末は休んでくれ。箱は妹にやるつもりだったが、予定が変わって行き先がなくなったから代わりにもらってくれ。誕生日だって言ってただろ? 要らなかったら売るなりなんなり、好きにしてくれ】
妹さん、いたんだ。
事情を知って納得した私は、「他の女性の代わりじゃなくて良かった」と安心している自分に気づく。
でもこんな高価な物、本当にもらっていいんだろうか?
心配になった私は、さらにメールをする。
【こんな高価な物、いただけません。お返しします】
すると、すぐに返信があった。
【いらん。戻すな。寝るからもうメールするな】
シンプルな答えを見たあと、さすがに悪くなって返信するのを諦めた。
「はぁ……」
溜め息をついた私は、チラリと緑の箱を見る。
中身を確認したい気持ちはあるけど、何かあった時に弁償なんてできないので、なんとかタイミングを見て部長に返そう。
「……なんなの、もぉ……」
私はバフッとベッドに倒れ込み、文句を言ってモダモダと体を揺する。
「馬鹿、馬鹿、バーカ!」
ここにいない部長に悪態をついた私は、溜め息をついたあと、部長の残り香を求めてスゥッと息を吸ってしまう。
夢かと思っていたけど、昨晩のあれは現実だ。
「……シーツ、洗濯しないと」
仰向けになった私は溜め息混じりに言う。
この気持ちをどう言い表したらいいか分からない。
何も残さず去ったなら、「一晩だけの関係だったんだ」と割り切れる。
でも妹さんの代わりとはいえ、こんな高価な物を残され、しかも私の誕生日を覚えていると言われて、どう捉えたらいいか分からない。
(……あの人、私の事を気にしてたのかな?)
チラッとそんな思いが心をかすめ、「いやいや!」と首を横に振る。
「……部長は仕事人間だし、月曜日になったらただの上司と部下に戻っておしまい」
身を焦がすような時間は一晩限定で、部長は要らなくなった物をたまたま誕生日だった私に押しつけただけ。
彼が私を好きなんてあり得ないし、もう個人的に関わる事はない。
(この箱を返したら、また他人に戻ろう)
私は自分にそう言い聞かせ、シャワーを浴びる事にした。
それでなければ頭の中が部長で一杯になり、「また抱いてほしい」と願ってしまいそうだったから。
**
月曜日、気まずい想いを抱きながら出勤した。
透明なパーティションで区切られている部長室を見ると、一瞬目が合った。――ような気がしたけれど、気のせいかもしれない。
だって部長はいつも通りモニターを見てメールチェックをしていて、私を気にした素振りはなかったから。
(とりあえず、あの箱を返して〝いつも〟に戻らないと)
あんな高価な物を置いておきながら、こんな塩対応をされるとどう反応すればいいか分からない。
中身は確認していないけど、あのブランドのジュエリーは最低ラインでも三、四十万円はする。
部長は想像以上のお金持ちなのかもしれないけど、高価な物を無駄にしてほしくない。
もしかしたら本当に行き先のない贈り物なのかもしれないけど、ちゃんとした理由もないのにあんな物をもらえない。
(ちゃんと返して貸し借りのない関係にならないと、今後、同じ部署で働いていけない)
溜め息をつくと、隣の席に座っていた恵がチラッとこちらを見てきた。
「どした? テンション低いじゃん。田村の事、まだ引きずってるの? ……って言っても仕方ないけど。……そろそろ諦めなよ」
前下がりボブをサラリと耳に掛けた恵は、ピンタック入りのパンツを穿いた脚を組む。
「う……、うん……」
私は親友にどこまで話していいものか悩み、曖昧な返事をする。
(なんで皆の人気者が、私にあんな顔を見せるわけ!?)
今になって混乱した私は、ボフッと枕を殴る。
昭人の事で悩んでいたはずなのに、気がつけば部長の事で頭が一杯になり、悔しくて堪らない。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせたあと、ドキドキ鳴る胸を押さえてスマホを開いた。
【おはよう。酷くして悪かった。無理せず週末は休んでくれ。箱は妹にやるつもりだったが、予定が変わって行き先がなくなったから代わりにもらってくれ。誕生日だって言ってただろ? 要らなかったら売るなりなんなり、好きにしてくれ】
妹さん、いたんだ。
事情を知って納得した私は、「他の女性の代わりじゃなくて良かった」と安心している自分に気づく。
でもこんな高価な物、本当にもらっていいんだろうか?
心配になった私は、さらにメールをする。
【こんな高価な物、いただけません。お返しします】
すると、すぐに返信があった。
【いらん。戻すな。寝るからもうメールするな】
シンプルな答えを見たあと、さすがに悪くなって返信するのを諦めた。
「はぁ……」
溜め息をついた私は、チラリと緑の箱を見る。
中身を確認したい気持ちはあるけど、何かあった時に弁償なんてできないので、なんとかタイミングを見て部長に返そう。
「……なんなの、もぉ……」
私はバフッとベッドに倒れ込み、文句を言ってモダモダと体を揺する。
「馬鹿、馬鹿、バーカ!」
ここにいない部長に悪態をついた私は、溜め息をついたあと、部長の残り香を求めてスゥッと息を吸ってしまう。
夢かと思っていたけど、昨晩のあれは現実だ。
「……シーツ、洗濯しないと」
仰向けになった私は溜め息混じりに言う。
この気持ちをどう言い表したらいいか分からない。
何も残さず去ったなら、「一晩だけの関係だったんだ」と割り切れる。
でも妹さんの代わりとはいえ、こんな高価な物を残され、しかも私の誕生日を覚えていると言われて、どう捉えたらいいか分からない。
(……あの人、私の事を気にしてたのかな?)
チラッとそんな思いが心をかすめ、「いやいや!」と首を横に振る。
「……部長は仕事人間だし、月曜日になったらただの上司と部下に戻っておしまい」
身を焦がすような時間は一晩限定で、部長は要らなくなった物をたまたま誕生日だった私に押しつけただけ。
彼が私を好きなんてあり得ないし、もう個人的に関わる事はない。
(この箱を返したら、また他人に戻ろう)
私は自分にそう言い聞かせ、シャワーを浴びる事にした。
それでなければ頭の中が部長で一杯になり、「また抱いてほしい」と願ってしまいそうだったから。
**
月曜日、気まずい想いを抱きながら出勤した。
透明なパーティションで区切られている部長室を見ると、一瞬目が合った。――ような気がしたけれど、気のせいかもしれない。
だって部長はいつも通りモニターを見てメールチェックをしていて、私を気にした素振りはなかったから。
(とりあえず、あの箱を返して〝いつも〟に戻らないと)
あんな高価な物を置いておきながら、こんな塩対応をされるとどう反応すればいいか分からない。
中身は確認していないけど、あのブランドのジュエリーは最低ラインでも三、四十万円はする。
部長は想像以上のお金持ちなのかもしれないけど、高価な物を無駄にしてほしくない。
もしかしたら本当に行き先のない贈り物なのかもしれないけど、ちゃんとした理由もないのにあんな物をもらえない。
(ちゃんと返して貸し借りのない関係にならないと、今後、同じ部署で働いていけない)
溜め息をつくと、隣の席に座っていた恵がチラッとこちらを見てきた。
「どした? テンション低いじゃん。田村の事、まだ引きずってるの? ……って言っても仕方ないけど。……そろそろ諦めなよ」
前下がりボブをサラリと耳に掛けた恵は、ピンタック入りのパンツを穿いた脚を組む。
「う……、うん……」
私は親友にどこまで話していいものか悩み、曖昧な返事をする。