部長と私の秘め事
「んー……、こう、腰を浮かして……、〝潜望鏡〟でしたっけ? してくれたら、ペロペロッと」

「この子はどこからそんな言葉を仕入れてくるんだ!」

 私がお風呂屋さん用語を口にしたので、尊さんは両手で顔を覆って嘆いている。

「ネットというものがありますからね。どんなプレイをしてるか気になるから、たまに調べるんです」

「ラブホ行ってローションぶっかけるぞ」

「ローションで滝行ですか? 新しいですね……」

 私は白装束を着た自分の頭に、どぱぁ……とローションが掛けられる様子を想像する。

「逆に雑念ばっかり入ってきそうだな」

「ヌルヌル教の修行なんですよ。椅子は全部スケベ椅子。沢山エッチな事をして、並大抵のエッチじゃ動じなくなる鋼鉄のミコができあがります」

「俺なのか」

 尊さんはガクッと項垂れたあと、クックック……と笑い出す。

「……ホント、愉快な女だな」

 濡れた手で頭を撫でられ、私は少し不安になる。

「男の人って、性的な話題にあけすけなのって宜しく思わないですか?」

「他の男は知らんが、俺は別に? だって実際に朱里を抱いてる訳だしな? それに知らない世界に興味を持つのは当然の事だし、ネットで調べてネタにするぐらい、誰だってやってるだろ」

 いつもの尊さんの答えがあり、私はホッとする。

「良かった」

 そのあとに、私は本能的に昭人を思い出してしまっていた。

 ――彼なら絶対にこういう話題を嫌うし、『女が言う事じゃない』と、私に〝綺麗さ〟を求めていただろう、と。

 いつまで経っても、心の中から昭人が消えてくれない。

 あの誘拐事件からさほど時間は経っていなくて、日々の仕事や楽しい事で気を紛らわせているつもりなのに、ふとした時に彼の気配を背後に感じる。

 そして幻の昭人は、私の耳元でボソッと冷めた一言を言うのだ。

 何度も何度も思い出して、苦しんで、尊さんの愛情を確かめては安心する。

 彼だってこんな後ろ向きな私なんて、望んでいないはずなのに。

「朱里?」

 考え事に没頭していると、名前を呼ばれてハッと顔を上げる。

「どしたん、話聞こか?」

「ぶふぉっ!」

 尊さんにネットミーム返しをされ、私は横を向いて思いきり噴き出した。

「何考えたか、なんとなく察するけど、今はケアンズのホテルで俺と風呂に入ってるんだから、こっちに集中してくれよ。生まれたままの姿で全部曝け出してるのに、眼中にないって思われたら傷付く」

「ご立派ですよ!? お天狗様、ご立派!」

 パンパンと手拍子して「立派、立派」と言うと、尊さんは「そこまでしなくていい」と笑い崩れた。

 そのあと彼は私の腕を引いて抱き寄せ、後ろから抱く体勢になる。

「……で、どうした?」

 今度はまじめだけれど、穏やかで優しい口調で尋ねられ、ふざけて逃れられる状態ではないと知る。

 尊さんは大事な話をする時はいつも、私と目を合わさない。

 私が彼の表情を窺い、どう思っているか気にするのを分かっているから、あえて顔を合わさないのだ。

「……大した事じゃないんです。分かっているでしょう?」

「でも、朱里が今も苦しんでいるなら、俺にとっては〝大した事〟だ」

 尊さんはお湯の中で私の手を握り、マッサージしてくる。

「同じ話を聞かせてしまうから、気が進まないんです。……今は楽しい旅行の最中だし」

「旅行中だからって、まじめな話をしちゃ駄目だってルールはない。俺がいいって言ってるんだから、言えよ」

 私は両腕を尊さんのそれに絡め、溜め息をついてから話し始めた。

「……さっきみたいなおふざけ、普通の男性なら……、ううん、昭人なら嫌がるだろうなって思ってたんです。『女が下ネタ言うな』『仮にも好きな男の前でなら、幻滅させる事を言うな』。そういう無言の圧力があって、本当の自分を出すのは〝良くない事〟なんだと思ってました」

「それは、ただのモラハラだよ。『朱里だけ本当の自分を曝け出したら駄目で、自分は好き勝手していい』なんておかしいだろ」

 私が一人でグルグル悩んでいた事を、尊さんはサクッと解決してしまう。

「……そうか、モラハラだったのか」

 昭人がモラハラ気質だったのは分かっていたはずなのに、彼に押しつけられた価値観や恐怖心が、今も私を縛っている。
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