部長と私の秘め事
「ま、気持ちは分かるよ? 普通の生活してて、いきなり飛行機はファーストクラス、ビジネスクラスが当たり前、ホテルはスイートルームは当たり前、ブランド物ゴロゴロ……になって疑わしくなるのは普通の感覚。それぐらい、恵ちゃんは現実的なんだと思ってる。でもさ、これがもしも宝くじの一等に当たって、口座に何億ものお金が入ったなら、認めざるを得ないじゃん」

「……確かに……」

「きっと恵ちゃんがすんなり受け入れられずにいるのは、自分の努力で得たものじゃないからだよ。現状と宝くじは似たようなものだけど、宝くじはある程度の出資をしないと当たらないからね。その分、俺は偶然ダブルデートの相手で出会って、そのまますんなり一目惚れ。普通なら出会って『付き合ってください』ってなるまで、どっちかが努力して、お互いの気持ちが揺れて好き合って……、っていう時間とドラマが発生する。でも俺たちは、数か月は要するそのドラマを、一日で成し遂げてしまった。……恋人が三日月グループの御曹司っていうおまけつきでね」

 おまけと言うには大きすぎる。

 キラキラアクセサリーがついてくる女児用食玩を買ったら、ハイジュエリーが入っていたようなもんだ。

 海老で鯛を釣るじゃなくて、海の神ポセイドンが海底神殿ごと釣れたようなものとも言える。

 涼さんみたいな陽キャのポセイドンやだな……。

「やだ~、釣られちゃった~」って言ってそう。

 なんか、佳苗成分が強い……。

「突然の事だから慣れない気持ちは分かるけど、あと十年も経てば恵ちゃんはお母さんになってて、俺たちそっくりの可愛い子供相手に、てんやわんやになってると思う。ま、そうなるまでたっぷり悩むのも手だけど。あんまり悩みすぎても、目の前の楽しい事に集中できなくなるよ」

 母の顔が思い浮かんだからか、彼女も似たような事を言うだろうな、と感じた。

「……そうですね、ポセイドン」

 私はしんみりとなり、思わず考えていた事をポロッと漏らす。

「ん? ポセイドン?」

「いやいやいや、何でもないっす」

「じゃあ、今度、ギリシャでも行く? 地中海クルーズもいいね!」

「どうしてそうなるんですか!」

「クルーズ船の先端で、『タイタニック』ごっこやるんだ……」

「篠宮さんとやっててくださいよ」

「二人とも真顔になるじゃん……。野郎の組み体操じゃん……」

 突っ込みを入れると、涼さんはスンッ……と表情を失う。

「……でも、まだまだ行った事がない所が多いので、楽しみですね」

 あんまり塩対応していても可愛くないと思って、素直に言ってみると、涼さんはパァッと表情を輝かせる。

「でしょ? 世界中、いい所が沢山あるよ」

 そのあとも彼は、丁寧に足やふくらはぎをマッサージしてくれる。

 本当に美形で何もかもに恵まれている彼に、こんな事をさせるのは忍びないけれど、これも彼の愛情表現の一つなんだろう。

 ……多分、今まで彼はこうやって女性に尽くした事がないから、嬉々としてやっている。

 ……と思おう。

 ……というか、何か感想を言ったほうがいいんだろう。

「……キ、キモチイイデスヨ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、どうして無表情のカタコトになるの?」

「ウマイデスネ。サスガデス」

 涼さんはピタッと動きを止め、私を見つめてくる。

 ……な、なんだろう。怒らせちゃったかな。

 焦りはすれども、自分としても素直に表現する事ができない。

 エッチの最中も「気持ちいい」というのが恥ずかしくて堪らないし、「ありがとう」は普通に言えるけれど、彼に何かをしてもらって「()い」と思った感情を伝えるのが難しい。

 これが涼さんでなければ、思った事を何でも口にしていただろう。

 けれど彼は私が好い反応をすると、思っている百倍ぐらいの喜びを表すので、それを受け止めきれずにいる。

 言うなれば、私は普通のレシーブで返しているのに、涼さんは毎回超強力バックアタックで吹き飛ばしてくる感じだ。

 練習すれば受け止められるようになると思うけれど、まだまだビシバシしごかれている最中だ。

 彼がジーッと見つめてくるので、私も見つめ返してしまう。

 しばらく二人ともそのままになったあと――、私からパッと目を逸らした。

「駄目だーっ! 顔がいい!」

「やったー! 勝った!」

 私が両手で顔を覆って横を向いた傍で、涼さんはなぜか拳を突き上げて勝ち誇っている。
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