部長と私の秘め事
「~~~~、なんなんですか、もう……」

「ロボ子化した恵ちゃんを、元に戻すにはどうしたらいいかな、って考えてたんだけど、意外とシンプルな方法で戻ったね」

「ぐぬぅ……」

「で、顔がいい?」

 彼は自分を指さし、にっこり笑う。

「いいに決まってるじゃないですか! 人間国宝ですよ」

「恵ちゃんにそう思ってもらえると、嬉しいなぁ。でも、恵ちゃんもさっき俺を見つめていた時、猫みたいで可愛かったよ」

「猫はいいですから……」

 はぁ……、と溜め息をつくと、「可愛いっ」と抱き締められた。

(……結局こうなってしまう)

 涼さんはご機嫌でチュッチュッと私の頬や額、唇にキスをし、頬ずりしてくる。

 さながら、大型犬が尻尾を振って顔を舐めてきているようだ。

「……恵ちゃん。このままニュージーランドにも行こうか」

「駄目です。帰って働かないと」

「のし掛かる現実」

 彼は私の肩口でガックリと項垂れる。

「……恵ちゃんって意外と勤勉だよね」

「給料をもらうためには、しっかり働かないとなりませんから」

「……俺と結婚したら、働かなくてもいいよ?」

 涼さんは顔を上げ、私を見つめて囁いてくる。

 けれどジーッと彼を見つめ返すと、「駄目かー……」とまた項垂れた。

「結婚したら毎日、『会社に行け』って涼さんのケツ叩きしないとなりませんね」

「あはは! 恵ちゃんにケツ叩きされるなら、張り切って出社しちゃうな」

「意外とM?」

「見るからにMでしょ~。恵ちゃん限定だけど!」

「…………ドSのくせに…………」


 横を向いてボソッと呟くと、「ん~?」とニコニコ笑顔の鬼畜大魔神が頬ずりしてくる。

「ああ~! もう! 涼さんといると気持ちが休まらない。ずっとドキドキして、翻弄されて、いつもの私に戻れない」

 両手で顔を覆ってドサッとソファに横になると、彼は私の両脚を自分の膝の上にのせ、片手を座面につけて覗き込んでくる。

「……そういうの、嬉しいんだけど。……でも恵ちゃんは自分のペースを崩されるのが嫌い?」

「……嫌い、とは厳密に違いますけど、落ち着かないです。……恋愛ってマジでパワー要りますね。……しんどい」

 溜め息をつくと、彼はサラリと私の髪を耳に掛けて顔を露わにする。

「今まで恵ちゃんは、恋愛を避けてきたから、そういう感覚も初めてなんだろうね」

「……だと思います」

 勿論、朱里を除けば恋愛的な意味で人を好きになったのも初めてで、相手の一挙手一投足で、こんなにもドキドキするものだと思わなかった。

 涼さんが私を「可愛い」と褒めるたびにときめいて、嬉しそうな、愛おしそうな目で見てくるたびに照れてしまう。

 私はそんな自分を「らしくない」と思って、なんとかこの状況を回避して〝いつもの〟自分であろうとした結果、塩対応になってしまっていたんだろう。

 けど、世間の普通に恋をするお嬢さんたちは、ちゃんとこのドキドキに向き合っているんだ。

 私は二十七歳になってやっと、みんなと同じステージに上がる事ができた。

「……涼さんに褒められて『嬉しい』とは思うんですよ。……でも、自分の事を『可愛い』と思えていないのは以前に話した通りで、素直に喜びを表せない。それに私が喜んだら、涼さんは全力で喜び返すじゃないですか。それも強すぎて、こう……、喜びのラリーみたいなのに慣れていないんですよね。私も朱里も、今までローテンションで過ごしてきたので」

「うーん、確かに恵ちゃんの言いたい事は分かるかも。俺、重役になる前も、部下がちゃんと求めていた事に応えてくれたら、全力で褒めていたんだよね。人って叱りつけるより褒めて伸ばしたほうがいいってデータもあるし。仕事だけじゃなく、いいと思った事は全力で褒める癖があるんだと思う」

「確かに、篠宮さんもそういうやり方でしたね。だからみんな仕事にやり甲斐を持っていたと思います。……だから、悪い事だとは思いません。……ただ、素直に受け取れないこっちの問題というか」

「今まで『可愛い』の代名詞で恵ちゃんを猫って言っていたけど、あながち嘘でもないと思っているんだ。君は過去に嫌な思いをして、人から愛情を受け取る事に慣れていない。保護猫ってすぐに懐かなくて、人を警戒してるじゃないか。あんな感じで、今は撫でられてもイカ耳になって俺を警戒してしまっているんだと思う。信じてる信じてないの問題じゃなくて、環境の変化に慣れていないだけ」

 そう言われ、今度はストンと素直に納得が落ちた。

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