部長と私の秘め事
「今まで不幸じゃなかったけど、恵ちゃんと出会ってから世界の解像度が上がったっていうか。今までだって自分の事を〝物事を楽しむ天才〟と思っていたけど、彼女と一緒になってから世界が変わったね」

「分かる。マジで世界が朱里中心になる」

「俺、正直自分が四六時中、女の子の事ばかり考えて過ごすようになるなんて、まったく想像してなかったんだよ。言い方は悪いけど、いつかは妥協した相手と結婚するだろうから、その時は相手の求める理想の夫、父親を演じようと決めてた。……でも本当に人を好きになると、演じるなんて余裕はなくなる。自分でもびっくりだよ。……こう見えて、何事に対しても余裕はあるほうなんだけど」

「大学時代の奴ら、涼の事を〝名前通りのクールなプリンス〟って言ってたけど、中村さんと一緒にいる姿を見たら、どんな顔するだろうな」

「男友達はともかく、勝手な理想が壊れて幻滅されるなら、万々歳だよ」

「ははっ、俺、お前のそういう意外と毒のあるところ好きだよ」

 そのあと、涼は小さく笑ってから少し黙る。

 俺はその沈黙を理解して、ポンと彼の背中を叩いた。

 涼は物凄くモテた結果、凄まじい粘度のストーカー被害に何度も遭った。

 それこそ、警察案件になるような事だ。

 涼のように立ち回りの上手い奴でも、かわしきれない人がたまに現れる。

 接近禁止令が出て、それでも約束を破って警察の厄介になって……という事を、みんなに憧れられるマドンナ的な女性や、良家の令嬢、または芸能人がやるもんだから、人は見かけによらない。

 朱里たちは涼をパリピ気質な陽キャと言うが、彼はこう見えて政財界の大物を揃えてのパーティーを嫌っている。

 そういう人たちと会えば、ただの挨拶、社交辞令では済まなくなる事もよくあるからだ。

 三日月グループの御曹司に言う事を聞かせられる人はそういないが、例外もいる。

 その人が強引に自分に利益のある女性を連れて来てセッティングとか、見合い話を持ち込んできたら、断るのが面倒になる。

 だからパーティーは欠席はしないものの、一通り挨拶をして早々に帰るのがいつもの流れになっていた。

 涼に比べて俺は陰キャ扱いされる事が多いが、パーティーを抜け出して一人で海辺まで車を走らせ、ひたすらボーッとする涼もなかなかのもんだ。

 俺や少数の友人は涼のそういう一面も知っているから、むしろ明るく振る舞っている時は〝仮面〟を被っている時だと理解している。

 それが、中村さんといると素でバカをやってるので、親友としては「良かったな」という気持ちになる訳だ。

「俺はずっと〝このまま〟だと思っていたけど、恵ちゃんと出会って自分が大きく変わるのを感じて、凄くワクワクした。この歳になって味わった事のない感情を、幾つも抱いた。彼女はいつも予測不能な事をするから、自分のペースを保つのに必死なんだけど、それが楽しい」

「分かるよ。俺も朱里といると、すげぇ楽しい」

 俺たちは商品棚の前であれこれ見ている彼女たちを見て、自然と微笑む。

「尊には本当に感謝してるよ。ランドの話があった時は、本当は正直ちょっと面倒だった。初対面の女の子がどういう子か分からなくて『厄介なタイプだったら嫌だな』と思ってた。……まぁ、尊が大丈夫と判断した子なら、ある程度の弁えはあると思っていたけどね。……でもホント、出会いってどこにあるか分からないもんだね」

「そう思ってもらえたなら良かったよ。……別に紹介したつもりはなかったけどな」

「あははっ、マジそれ。合コンの数合わせみたいなもんだったのにね」

 涼は軽やかに笑い、とろけそうな目で中村さんを見る。

「……ご家族への紹介は大丈夫そうか?」

「んー、大丈夫だと思うよ。尊もうちの家族の事はよく知ってると思うけど、陰湿な人たちじゃないし。むしろカラッとしてて豪気なタイプだから、恵ちゃんビビっちゃうかな」

 俺は思わず、壁際に追い詰められて毛を逆立てている猫を想像する。

「中村さん、すっごい緊張して挑むのに、スルッと受け入れられて、気がついたら三日月家女子トークルームに招待されて、混乱してそうだな」

「あはは! あり得る! あの人達を相手にしたら、恵ちゃんはいつにも増して『……っす』しか言わなくなりそうだな」

 涼の家族は、良くも悪くも奴とよく似ている。

 外面は完璧で、涼の弟の(かい)も、彼に負けず劣らず色んな二つ名がついている。

 美人の姉妹も皆から注目されていて、トレンドリーダーみたいにもなっている。

 表向きはそつなく人付き合いをこなすが、気を許した身内には、かなりフレンドリー……、もとい鬱陶しくなる。

 涼と似ているなと思うのは、人のパーソナルスペースを尊重しているようで、結構無視してくるところだ。

 異性に勘違いさせる行動はとらないが、同性が相手だと結構触ってくる。
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