部長と私の秘め事
 今までずっと一般社員で、それなりの覚悟を持って副社長秘書になったつもりだけど、さらに上があった。

 まさか自分がパーティーの主役になるなんて思っていなかった。

 結婚式を挙げれば、そりゃあ主役になるだろうけど、経営者クラスの人を集めてのパーティーで、副社長としての尊さんに「婚約者です」と紹介される事はあまり考えていなかった。

(そうだよね……。尊さんクラスなら、そういう事もしないといけないんだ)

 私がボーッと考えていると、弥生さんが溜め息をつく。

「まぁ、パーティーを開いたとして、篠宮ホールディングス主催のそれに、我が家が親戚として参加したらどうなるか……、だけどね。化学反応バッチーン!」

 そう言って彼女は、両手をパーン! と打ち合わせる真似をする。

「それなー……」

 尊さんは深い溜め息をつき、レーンを高速で走ってきたサーモンを「ほれ」と私の前に置く。

「話はするが、とりあえず朱里は好きなだけ喰え」

「イエスマム」

「マムじゃねぇよ」

「ミコママ」

 そのやり取りを聞き、小牧さんと弥生さんが笑う。

「正直、速水家側としてはどう思う?」

 尊さんに聞かれ、小牧さんは中トロを食べてから言う。

「向こうの出方次第かしらね。本当に、尊くんと朱里さんの結婚は手放しで祝福したいと思ってる。でもやっぱり、亘さんがさゆり伯母さんに関わらなければ、速水家は平和でいられた訳でしょ? ……まぁ、彼がいたから尊くんが生まれた訳で、その辺は深く追求しないけど」

「まぁ、もしもの話をしても仕方ないもんな」

 尊さんはレーンをシュバーッと走ってきた自分の海老を受け取る。

「亘さんに謝られても、失われた命は戻らない。でも、私たちは……、特にお祖母ちゃんは彼から正式な謝罪を受けていない。お祖母ちゃんが拒否したというのもあるけれど、尊くんたちが結婚するタイミングが、きちんと謝るべき時なんじゃないかな。それですべてが帳消しになる訳じゃないけど、ある程度溜飲を下げたあとは、ちゃんと二人を祝福できると思う」

 それに、弥生さんが付け加える。

「さっきの結婚についての話と同じで〝形式〟よ。ちゃんと謝る場を設けて謝罪を受けて、こちらが納得するっていう〝形〟を整えないと、なぁなぁなままじゃ、憎い男と正式に親戚にはなりたくない訳よ」

「それは分かる」

 海老のお寿司を食べた尊さんは、尻尾の殻をお皿の端に寄せる。

「……話してみるよ。本当はまだあいつへの気持ちを上手く昇華できてない。大切な母と妹の命が、父親の優柔不断さで失われた訳だから、何回も『たられば』を考え、頭の中で憎い奴を酷い目に遭わせてしまう。……この呪いから完全に逃れるには、まだまだ時間が必要だ。……でも、結婚式を挙げなければならないなら、胸の奥にわだかまりがあっても、父親と話し合い、和解したという〝形〟を作らなきゃならない。あとは自分の問題だ」

「お供つかまつります」

 中トロを食べ終えて言うと、尊さんは「武士か」と突っ込んで笑った。

「でも、前も感じたけど、尊くんの傍にいてくれるのが朱里ちゃんで良かったわ。こうやって深刻な話をしていても、彼女が明るく道を照らしてくれる。尊くんはもう、一人で暗い道を歩いていないのね」

 小牧さんが言い、尊さんは私を見てポンと背中を叩いてきた。

「お陰様で、幸運の招き猫に恵まれてるよ」

「にゃーお」

 私はモグモグしつつ、両手で猫の手の真似をする。

「俺たちは二人とも暗い過去を背負っているが、なぜか二人揃うと明るくなれるんだ。不思議だよな」

「あれ、尊さん知らないんですか? マイナスかけるマイナスは、プラスになるんですよ。陰キャ同士が集まると、相乗効果で陽キャになるんです」

「……なんかその理論だと、世の中大変な事になりそうだな」

 尊さんは呆れたように言い、小牧さんと弥生さんはクスクス笑っている。

「さ、たっぷり食べましょう」

「はーい!」

 弥生さんに言われ、私は元気よく返事をしてお寿司の続きにとりかかった。



**
< 735 / 756 >

この作品をシェア

pagetop