部長と私の秘め事
「ケツミコ……。ミコケッツ」

 プー、クスクスクス……と笑っていると、尊さんは「言うと思ったよ……」と首を竦める。

「……って、あれ? 十二人の神様だとしたら、この看板にあるビッグスリーと十人だったら、全部で十三になりませんか?」

「はい、よく気づきましたね、上村さん」

「教えて! ミコト先生!」

 私が勢いよく手を上げると、彼はクスクス笑って説明してくれる。

「この那智大社は、那智の滝があるだろ? ただの滝じゃなくて、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)があって、大己貴命(おおむなちのみこと)が祭られているんだ」

「ほえー!」

 授業を受けている間に、後続の百合さんたちが着き、私たちはまたゆっくり歩き出す。

 T字路の左を向くと鳥居があるので、お辞儀をして中に入る。

 進んで左手には朱塗りの手水舎があり、そこで手と口をお清めした。

 中央には緩やかに左に向かってカーブしている石段があり、また覚悟を決めて上っていく。

 階段の中央には手すりがあり、始まりの部分に小さな看板があって、【左側をお進みください】と書いてある。

 こういうお作法はその神社仏閣によって違うので、書いてある通りに従うのがベターだ。

 カーブした階段を上りきると、直角の右手に狛犬がいて最後の直線階段があり、その上に二の鳥居がそびえ立っている。

「さあ、ラスト一本だ朱里」

「うえー……、運動部のノリだ……。運動得意じゃないんですよ……。これは恵の役目ですね。目に火を燃やして駆け上がっていきますよ」

「それをニコニコして涼が追いかけていくまで、ワンセットな」

「音もなく併走して、でもニコニコ笑顔は崩さないんですよ」

「何の妖怪だよ。こえーな」

 私たちはケラケラ笑いながら、石段を上がって行く。

「はぁー! 着いた! 絶景かな!」

 振り向くと見渡す限りの山々があり、それがいっそう、神聖な山にいる気持ちになった。

 那智大社は〝いわれ〟がとても古く、文献にも残っていない部分もあるらしい。

 分かっている範囲では、一代目の神武天皇が那智の浜を訪れた時、山の上が光っているのに気付き、光を求めて山を登ると那智の滝を発見し、そこに大己貴命(おおむなちのみこと)が現れたので御祭神とすると決めたらしい。

 付近には光ヶ峯(ひかりがみね)という那智三峰の一つがあり、そこに熊野の神々が姿を現したと言われている。

 それが紀元前六百六十二年の事で、その頃から熊野の信仰は根付いていたという。

 その後、西暦三百十七年、第十六代仁徳天皇の時代に、インドから裸形上人(らぎょうしょうにん)という僧侶が那智の浜に流れ着いた。

 彼が那智の滝で修行をしている時、滝壺に観音様の姿を見たらしく、それを祀ったのが青岸渡寺(せいがんとじ)になる。

 那智大社の拝殿は千七百年以上の歴史があるけれど、一度織田信長によって焼き討ちされ、そのあと豊臣秀吉が再建したとか。

 ミコペディアから説明を聞いている間に、百合さんたちも合流した。

「大丈夫ですか?」

 尊さんが声を掛けると、彼女は汗を掻いているけれど笑顔で答える。

「ええ、大丈夫よ。いい運動になったわ。今夜、温泉に浸かったあとよく眠れそう」

「無理はしないでくださいね」

「ありがとう」

 鳥居をくぐって右手側に建物群があり、歩いてすぐのところに手水舎があるのでまずお清め。

 その右手奥にはベンチが並べられてある休憩所、有事には音楽家が奉納演奏などを行う長生殿(ちょうせいでん)があり、さらに奥には樹齢八百五十年以上、大きな拝殿よりもさらに背の高い、樹高二十七メートルある大きなクスノキがある。

 この木は平清盛の子供、平重盛によって植えられたと言われている。

 この御神木の幹は空洞があり、護摩木、もしくは絵馬を持って通る、大樟(おおくす)胎内くぐりができる。

 チラッと社務所を見たけれど、絵馬の中にはゆるキャラみたいな八咫烏もあって、非常に可愛い。

 なお、鳥居をくぐって左手側にはお手洗いがあり、奉納されたらしい酒樽がガラスケースの中に幾つも飾られてあった。

 鳥居右手には拝殿があり、左側に朱塗りの建物が直角に続いて八咫烏を祀っている御縣彦社(みあがたひこしゃ)、宝物殿がある。

 拝殿の奥には境内図を見ると第一から第五まで、色んな神様を祀ったご本殿があるけれど、行く事はできない。

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