部長と私の秘め事
「朱里、ここ見てみろ」

「へい?」

 尊さんに話しかけられて、彼が指さした所を見てみると、石段の表面に何と言うか……、顕微鏡で微生物を見た時みたいな、何とも言えない模様が刻まれている。

「ここ、ずっと昔は海の底だったんだ」

「マジですか!」

 大きな声を上げると、周囲の木立に私の声が反響していく。恥ずかしい。

「この周りの杉もすげぇ幹が太いけど、大体樹齢八百年だ。それだけの年月をかけて育つ前にも歴史があって、この岩の模様は海の生き物の巣穴だった証拠の〝生痕(せいこん)化石〟って言うんだ」

「へぇぇ~……」

 私は先ほどからワンパターンな返事をしつつ、心の中で〝ナットク!〟ボタンを連打する。

「尊は物知りなのね」

 追い付いた百合さんに微笑みかけられ、彼は少し照れて笑う。可愛い。

「知識は沢山あったほうが、物事を楽しめますから」

「その通りだわ」

 百合さんは優秀な孫を誇りに思ってか、嬉しそうな顔をする。

 そのやり取りを微笑ましく見守りつつ、私は彼が全力で世の中を楽しもうとしなければ、生きられなかった背景がある事を、忘れないようにしようと思うのだった。





 ようやく滝壺近くまで下りた所に、例の飛瀧(ひろう)神社がある。

「すっごいぃ……」

 那智の滝は落差百三十三メートルあり、見上げると凄い迫力だ。

「絶対マイナスイオン浴びて、美貌が増したと思うの! どう!?」

 小牧さんと弥生さんは、両手でパタパタと顔にマイナスイオンを浴び、ドヤ顔で尊さんに言う。

「アー……、キレイダトオモイマス」

 返答に困った尊さんがロボ()な返事をするけれど、お二人は構っちゃいない。

「帰ったら店名を〝美・こま希〟にしないと!」

 それにちえりさんが茶々を入れる。

「ならお母さんが、表の看板に一筆入れてあげる」

「やーよ、プロに頼むんだから」

 それに弥生さんが悪ノリする。

「あちこちのパワースポットに行くたびに〝美〟が増えるなら、そのうち〝ビビビ・こま希〟になるんじゃない?」

「電気ウナギじゃないんだから!」

 彼女たちのかしましいお喋りを聞き、私と尊さんは一緒になって笑う。

 百合さんと将馬さんもいる速水家の旅行に尊さんが参加し、笑顔でいられる事を心から良かったと思っていた。

 飛瀧(ひろう)神社のご神体は勿論那智の滝で、私たちは白い鳥居をくぐって中に入った流れになる。

 木立に囲まれた石畳の道を進み、また石階段を下るけれど、今度は右側を進む。

 緩やかだけれどながーい石段を下る途中、横手の岩にはびっしりと緑の苔が生えていて、それが美しい。

 常にどうどうと滝の音が聞こえ、階段を下りきったすぐ右手に光ヶ嶺(ひかりがみね)遙拝石(ようはいいし)があり、しめ縄が張られて祀られてある。

 これは名前の通り、熊野の神様が降臨した光ヶ峯に通じている石とされ、一回撫でると縁結び、二回撫でると金運と家内安全、三回撫でると厄除け、身体健勝の御利益があるそうだ。

 この付近の森は天然記念物の原生林で、吉野熊野国立公園だ。

 那智の滝からは毎秒一トンの水が落ちていると言われている。

 私たちは滝の正面にある白い鳥居前に立ち、お賽銭を入れて参拝する。

 鳥居の所には二百円払って買う延命盃が置かれてあり、入場料三百円を払って、左手の石階段を上った所にある舞台で、滝のお水――延命長寿水をすくって飲む事ができる。

 階段を上った所には、龍の像の口からチョロチョロとお水が流れていて、みんなで延命長寿を願ってお水を飲む。

「冷たくて美味しい~。もっといける」

「おい、ここは食いしん坊を発揮するところじゃねぇぞ」

 尊さんに突っ込まれ、私は「えへへ」と笑う。

 さらに緑の苔や木々に囲まれた階段を上がっていくと、朱塗りの舞台に着く。

 そこまで行くと、本当に滝壺を間近に見る事ができる。

「はぁー……」

 私は日本一の落差の滝を、呆けて見る。

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