部長と私の秘め事
伊勢神宮・外宮
駅からまっすぐ道が通っている外宮参道線を進むと、赤福外宮前店など胸が高鳴るお店があり、外宮がある。
お参りが終わったら伊勢磯部線という大きな道路を通り、車だと十五分程度で有名なおかげ横町のある、内宮に着く事ができる。
まず外宮参拝という事で、私たちは運転手さんに駐車場で待っていてもらい、火除橋(ひよけばし)を前にする。
「外宮と内宮でもマナーが違っていて、外宮は左側通行、内宮は右側通行なんだ」
「ほえー! 教えてもらって良かった」
勿論、橋の真ん中には例によって看板があり、【左側をお通りください】とある。
「参道の真ん中は正中と呼ばれて神様の通り道になっているから、右か左かどっちかなんだよ」
「あ、それは聞いた事あります」
確かにこの火除橋でも、あえて真ん中には木で段を作って、その上を歩けないようにしている。
「今回の旅行は、本当に御利益がありそうね」
手水舎で手と口をお清めしたあと、ちえりさんがハンカチで手や口元を拭いつつ言う。
「ホントね~。東京に帰った途端、彼ピッピができたりして」
弥生さんが言い、大地さんに「そう簡単かな……」とぼやかれ、脛を蹴っている。
その様子を微笑ましく見ていると、尊さんが言った。
「朱里、今さらだけど柏手はこうな」
そう言って、尊さんは両手を合わせてから右手を手前に少しずらす。
「へえ! なるほど」
私は彼の真似をしてみる。
「神様から見て左側は神聖な方向なんだ。俺らから見ると右側な。参拝する時はお宮の正面に立つ訳だが、そうやって敬意を表して、去る時も右足から下がる」
「うーん……、難しいけど、お宮の右側がビャーッと神聖な光で光っていると思って、そっちに敬意を払えばいいんですね」
「ハハッ、そのほうが分かりやすいかもな。ま、細かい作法みたいなもんだから、間違えていても怒られる事はない」
次に私たちは右手にある、まがたま池を前にする。
屋根のある場所から池を眺める事ができて、正面には正方形の奉納舞台もある。
「左手の建物は〝せんぐう館〟。博物館で、御正殿の一部を原寸大の模型にした物とかがある。二十年に一度、式年遷宮っていうお祭りがあるんだが、ぶっちゃけて言えば社殿とか神様が着る衣の〝御装束〟、刀や楽器、文具とかの〝神宝〟を新しくして、神様に新居に移ってもらうお祭りだ。橋も新しく架け替えるんだよ。その様子とかも〝せんぐう館〟に資料として展示されてある」
「へぇ~! リッチ~! 二十年って言ったら、家電もガタがきますからねぇ……」
私の言葉を聞き、尊さんはクスクスと笑う。
「確かに。持統天皇の頃から千三百年続いてる伝統だが、供物とかも、誰も使ってない素焼きの焼き物を使って新品を備えていて、可能な事なら毎日新しいお宮に住んでほしい。……だがそうもいかんだろ」
「破産しちゃう」
「で、二十年っていう期間だが、今だと税金を収めているが昔は米だったろ? それで米の備蓄の上限が二十年って決まっていたらしい。今の感覚だと、二十年税金を貯めてその金で当たらしいお宮を作る感じだ。これについて色んな論争があったらしいが、伊勢神宮の神主さんが学者でもあり、論文を書いて大体この説で収まったとか」
「なるほど……」
ミコペディアの話を聞きつつ、私たちは鳥居に向かう。
グレーの石造りの鳥居の左右には、石灯籠があり、私たちは一礼してくぐる。
左右を木立に囲まれた砂利の道を進んでいくと、とても清涼な気持ちになった。
もう一つの鳥居をくぐり、右手に神楽殿、五丈殿――雨よけ、境界を守る四至神があり、さらに奥へ行くと\古殿地《こでんち》に着く。
古殿地は新御敷地とも言う。
というのも、しめ縄で囲まれた砂利の土地は、例の二十年に一度御正宮を移すための場所で、もともとはここに御正殿があったので遷宮のあと六か月は古殿地と呼ばれる。
けれど遷宮から六か月を過ぎれば、次の御正殿が建つ場所として新御敷地と呼ばれるようになる。
ちなみに左側には塀に囲まれた中に茅葺き、木製の御正宮――豊受大神宮があり、次の遷宮になればこの建物が解体されて、右側の古殿地にご神体ごとお引っ越しするらしい。
「あそこにポツンと小さなお社みたいなのがあるだろ」
尊さんは砂利地の奥を示す。
「あ、はい」
「あれが以前この場所に、御正宮が建っていた場所と言われてるそうだ」
「へー! バミリ大事」
「まぁな、バミリ大事だな」
尊さんは私の言葉を聞いてクスクス笑う。
それに参加したのは弥生さんだ。
お参りが終わったら伊勢磯部線という大きな道路を通り、車だと十五分程度で有名なおかげ横町のある、内宮に着く事ができる。
まず外宮参拝という事で、私たちは運転手さんに駐車場で待っていてもらい、火除橋(ひよけばし)を前にする。
「外宮と内宮でもマナーが違っていて、外宮は左側通行、内宮は右側通行なんだ」
「ほえー! 教えてもらって良かった」
勿論、橋の真ん中には例によって看板があり、【左側をお通りください】とある。
「参道の真ん中は正中と呼ばれて神様の通り道になっているから、右か左かどっちかなんだよ」
「あ、それは聞いた事あります」
確かにこの火除橋でも、あえて真ん中には木で段を作って、その上を歩けないようにしている。
「今回の旅行は、本当に御利益がありそうね」
手水舎で手と口をお清めしたあと、ちえりさんがハンカチで手や口元を拭いつつ言う。
「ホントね~。東京に帰った途端、彼ピッピができたりして」
弥生さんが言い、大地さんに「そう簡単かな……」とぼやかれ、脛を蹴っている。
その様子を微笑ましく見ていると、尊さんが言った。
「朱里、今さらだけど柏手はこうな」
そう言って、尊さんは両手を合わせてから右手を手前に少しずらす。
「へえ! なるほど」
私は彼の真似をしてみる。
「神様から見て左側は神聖な方向なんだ。俺らから見ると右側な。参拝する時はお宮の正面に立つ訳だが、そうやって敬意を表して、去る時も右足から下がる」
「うーん……、難しいけど、お宮の右側がビャーッと神聖な光で光っていると思って、そっちに敬意を払えばいいんですね」
「ハハッ、そのほうが分かりやすいかもな。ま、細かい作法みたいなもんだから、間違えていても怒られる事はない」
次に私たちは右手にある、まがたま池を前にする。
屋根のある場所から池を眺める事ができて、正面には正方形の奉納舞台もある。
「左手の建物は〝せんぐう館〟。博物館で、御正殿の一部を原寸大の模型にした物とかがある。二十年に一度、式年遷宮っていうお祭りがあるんだが、ぶっちゃけて言えば社殿とか神様が着る衣の〝御装束〟、刀や楽器、文具とかの〝神宝〟を新しくして、神様に新居に移ってもらうお祭りだ。橋も新しく架け替えるんだよ。その様子とかも〝せんぐう館〟に資料として展示されてある」
「へぇ~! リッチ~! 二十年って言ったら、家電もガタがきますからねぇ……」
私の言葉を聞き、尊さんはクスクスと笑う。
「確かに。持統天皇の頃から千三百年続いてる伝統だが、供物とかも、誰も使ってない素焼きの焼き物を使って新品を備えていて、可能な事なら毎日新しいお宮に住んでほしい。……だがそうもいかんだろ」
「破産しちゃう」
「で、二十年っていう期間だが、今だと税金を収めているが昔は米だったろ? それで米の備蓄の上限が二十年って決まっていたらしい。今の感覚だと、二十年税金を貯めてその金で当たらしいお宮を作る感じだ。これについて色んな論争があったらしいが、伊勢神宮の神主さんが学者でもあり、論文を書いて大体この説で収まったとか」
「なるほど……」
ミコペディアの話を聞きつつ、私たちは鳥居に向かう。
グレーの石造りの鳥居の左右には、石灯籠があり、私たちは一礼してくぐる。
左右を木立に囲まれた砂利の道を進んでいくと、とても清涼な気持ちになった。
もう一つの鳥居をくぐり、右手に神楽殿、五丈殿――雨よけ、境界を守る四至神があり、さらに奥へ行くと\古殿地《こでんち》に着く。
古殿地は新御敷地とも言う。
というのも、しめ縄で囲まれた砂利の土地は、例の二十年に一度御正宮を移すための場所で、もともとはここに御正殿があったので遷宮のあと六か月は古殿地と呼ばれる。
けれど遷宮から六か月を過ぎれば、次の御正殿が建つ場所として新御敷地と呼ばれるようになる。
ちなみに左側には塀に囲まれた中に茅葺き、木製の御正宮――豊受大神宮があり、次の遷宮になればこの建物が解体されて、右側の古殿地にご神体ごとお引っ越しするらしい。
「あそこにポツンと小さなお社みたいなのがあるだろ」
尊さんは砂利地の奥を示す。
「あ、はい」
「あれが以前この場所に、御正宮が建っていた場所と言われてるそうだ」
「へー! バミリ大事」
「まぁな、バミリ大事だな」
尊さんは私の言葉を聞いてクスクス笑う。
それに参加したのは弥生さんだ。