部長と私の秘め事
英虞湾を望むホテルで
駐車場から車に乗って四十分ほど経って、私たちはひらまるホテルの『ザ・ひらまるホテルズ&リゾーツ賢島』に着いた。
ホテルが面している英虞湾は、太平洋に面した志摩半島がカギカッコみたいな形になっている内側にある。
中には大小様々な島がある上、リアス式海岸になっているので、地形が複雑だ。
「ふわー! 疲れた!」
「ほんとね~! ピアニストと思えないぐらい汗を掻いちゃったから、ゆっくり温泉に浸からないと」
弥生さんの言葉を聞き、ちえりさんがチクリと言う。
「全力で演奏したら汗だくになると思うけどね」
「やーね、お母さん。汗の質が違うのよ」
「何を言ってるんだか」
私たちはそんなやり取りを聞いて笑いつつ、スタッフさんに迎えられて荷物を預けた。
ホテルの外観はどっしりとした四角いウッド調で、正面玄関の上にはホテルのエンブレムが刻まれてあった。
玄関の左右には白い柱と大きめの観葉植物が置かれてある。
レセプションは白で統一されていて、中央の通路の向こう側には海を望むテラスが見える。
通路の左右にロビーのソファがある作りで、品のいい静けさに包まれると、今まで汗を掻いてワチャワチャしていたのが嘘みたいだ。
「お疲れ様でございました。ウェルカムドリンクをお召し上がりください」
そう言って出されたのは、アラン・ミリアのジュースだ。
東京でもひらまる系列のレストランにお邪魔した事があったけれど、そこでもメニューにあったジュール類はアラン・ミリアだった。
私はメルローの赤ぶどうジュースを頼み、尊さんと一緒にテラスからの景色を楽しみながら飲む。
「別世界ですね~」
私はトロリとした濃厚なジュースを味わい、吐息をつく。
「だな。凄く濃密で長く感じたけど、今晩で旅行も折り返しだ」
「明日は大阪ですか。食い倒れしないと」
「ブレねぇな」
尊さんはケラケラと笑い、私は目先の晩ご飯に向けて、お腹のエンジンをグルルン、グルルンと鳴らす。
どうやらこのホテル、本棟にツインが四部屋、別棟にダブル二部屋、ツイン二部屋の、合計八部屋しかないようだ。
そのうち私たちが四部屋使うと思うと、ほぼ速水家ご一行様貸し切り状態だ。
……と言っても、勿論行儀良くしているけれど。
どのお部屋も素敵なんだろうけど、大地さんが言うには本棟の部屋はお風呂が普通だけれど、別棟の部屋は景色を楽しみながら浸かれるらしく、別棟を四部屋とも予約したのだとか。
ホテルに着いた頃には夕方を過ぎていて、部屋で少し休憩、汗を流してからレストランでお料理をいただく事になった。
部屋にも素晴らしい個室露天風呂があるんだけれど、大地さんが別棟にある貸し切り露天風呂を予約してくれたそうで、そっちも覗いてみるつもりだ。
ウェルカムドリンクをいただいてチェックインしたあと、別棟の部屋に案内してもらう。
部屋割りは、私と尊さん、小牧さんと弥生さんがダブルで、残る四人はツインだ。
……まぁね、百合さんたちの年齢になったらツインのほうが落ち着くだろうし、大地さんはいくら親子でも、お母様と一緒のベッドはアレだからね……。
「おおー……」
ドアを開いて部屋の中を見た私は、思わず声を漏らす。
部屋は奥行きのあるタイプで、コンパクトに落ち着けるけれど十分に高級感がある。
出入り口の右手にはお手洗いがあり、左手はクローゼット。
入ってすぐに窓のほうを向いた大きなベッドがあり、ヘッドボードの裏側は幅広のデスクになっている。
ベッドの向こうの空間の右手には、アイボリーの革製のソファとオットマン、小さな黒い丸テーブル。
左手には黒いツヤツヤとした丸テーブルに、曲線が美しい一人掛けの椅子が二脚、壁に液晶テレビ。
テーブルの上には、ホテルのエンブレムが刻まれたチョコレートが一人につき二つと、冷やされたグラスの中に入ったスイーツがあった。
スイーツはパンナコッタの上に、柑橘のゼリーと果肉が入った物だ。
ミニバーにある飲み物は、お酒も含め全部飲み放題らしい。素晴らしい。
そして一応スライドドアで仕切れるようになっているけれど、奥には同じ空間に温泉がある。
作り的に、思わずシドニーで泊まったホテルを思い出してしまった。
あちらは仕切りがなかったけれど。
四角い浴槽の温泉はグレーの石でできていて、左右に四角いお湯の注ぎ口があり、掛け流しっぽくて格好いい。
その手前左右には二つの洗面台があり、ライトグレーとベージュ系が混じった品のいい壁に正円の鏡が掛かり、洗面ボウルは白の長方形だ。
アメニティの基礎化粧品はミキモトコスメティックス――現ムーンパールで、ボディ系はフランスのブランド、オムニサンス・パリだ。
ミキモトは本社が伊勢にあるし、地元の企業と連携しているのはとても素晴らしい。
そういえば、おかげ横丁にも真珠のお店があったなぁ……。
左手側の洗面台の奥にはシャワースペースがあり、そこで洗ってから景色を眺めつつ浸かる仕組みだ。
温泉の向こうはガラス戸を隔てて、テラスに英虞湾(あごわん)を望むゆったりとした椅子が二脚ある。
「すごーい! リゾートみたい」
「さすがにちょっと疲れたな」
尊さんは椅子に座り、冷たい水出しハーブティーを飲む。
私もウェルカムされたからには美味しくいただかねばと思い、彼の隣に座ってスイーツやチョコをいただく。
「座れてホッとしてますし、何よりクーラー嬉ぴい」
「分かる。さすがに夏場にあんだけ動くのはきついわ」
尊さんは「ははっ」と笑い、椅子の背もたれに身を預ける。
私はペロッとスイーツを食べたあと、溜め息をついて立ちあがる。
「疲れてますけど、べとべとさんになってるのでシャワー浴びます。ついでに温泉入ります」
尊さんは妖怪ネタを聞いてクスッと笑うも、私を見て微笑み、尋ねてきた。
「ご一緒していいですか?」
「……イイデスヨ」
小さく返事をすると、彼は立ちあがってクシャッと私の頭を撫でた。