部長と私の秘め事
「みんなでの風呂が終わったタイミングで、渡せないか見計らってみる。旅行が終わって解散する時に渡すより、なんかこう……、非日常の空間で、俺だけじゃなくて母とあかりの事も思いだしてほしいから」

「うん、そうですね」

 私は微笑み、彼と腕を組むとギューッと力を込める。

「ケアンズで見たコアラみたいだな」

「今なら無料で抱っこできますよ」

「ははっ、お得だな。どれ、来いよ」

 尊さんが両手を広げたので、私は一度立ちあがってから、彼の膝の上にドスーン! と乗った。

「どすこーい!」

「やけに力を込めて座ってくるじゃねぇか」

 彼はクスクス笑い、「よっ」と私を横抱きする。

「……疲れてないか?」

「んー……、正直に言うと疲れてますけど、楽しいです。それに、凄く大事な旅行をしてるなって思います。恵たちと行ったケアンズも、四人での絆が深まりましたし、今回は尊さんが速水家の皆さんと、もっと仲良くなっていくための行事」

 それを聞き、尊さんは私の額に優しく唇を押しつける。

「人生、色んな出来事って、全部が準備万端の時に訪れてくれないです。『忙しいな。休みたいな』って思いながらもこなしていって、あとから振り向けばいい思い出になっている。きっとそれの繰り返しです」

「……だな。俺も『もっと休みてー』って思うけど、忙しいぐらいが丁度いいんだろうな。休みがあれば有効利用するけど、時間が余りすぎても俺の場合は余計な事を考えそうだ。……まだ憎しみから完全に解放はされてないから」

「うん。……いいんですよ。時間をかけていいんです」

 私はキュッと尊さんを抱き締め、彼に頬ずりする。

 みんな今回の旅行を楽しんでいるけれど、本当は〝色んな事〟をじっくり語りたいんじゃないかと感じている。

 皆さん普段は多忙だから、理由がなければこうやって一緒に旅行をする事はないだろう。

 孫世代もみんな大人だし、旅行となれば自分の家族、友達と行くほうが多いだろう。

 でもあえてこうやって集まったのは、尊さんを招いて同じ体験をしたいという理由からだ。

 さらにその奥にある、長年わだかまっていた感情を解き放ってほしいな、とも感じているけれど、物事にはタイミングがある。

 けれどそれは私ではなく、尊さんと速水家の皆さんの意思で決めるべきなので、見守るしかできない。

「応援してますからね」

「ん、ありがと」

 尊さんは私の頬にチュッとキスをして微笑む。

「なんなら、学ランを着込んでハチマキして、思いっきり背中反らして声を張り上げてもいいですよ」

「待て。そっちなのか。チアガールじゃないのか」

「意外性があるといいと思いまして。……あ、恵がやると格好いいですね。女性ファンが増えます」

「その〝女性ファン〟の中に涼子もいるだろ……」

「あはは! 恵はチアガールの格好をしたら、途端に攻撃的になって蹴り技が冴えそうです」

「……なんか中村さんは、常に攻撃力の高いキャラだな」

「それが恵のいい所なんですよ。ピンクのフリフリを着せても、イカ耳になってやんのかステップ踏むのが恵です」

「……もうすっかり、中村さんを猫に喩えるのが、しっくりきている自分がいる……」

「春日さんとエミリさんは、どっちかというと犬っぽいイメージなのかなぁ。春日さんはオンオフが激しいし……」

「あー、確かになぁ。神を前にした時の、朱里いわく〝クネクネ〟なイメージ、俺はまだ掴めてねぇけど」

「凄いですよ~。釣り上げられたばかりの魚もびっくりです」

 私は春日さんを思いだしてニヤニヤする。

「ま、そのうち神から話を聞いてみるか」

「ふふ、その時は報告待ってますね」

 笑ったあと、私は時計を確認して立ちあがった。

「よし! そろそろお風呂行って来ますね」

「おう、行ってこい」

「尊さんは湯煙アカリンを想像していてくださいね」

「……別に、さっき堪能したし……」

「湯煙アカリン殺人事件 ~探偵はポテチを食べながら~」

「そっちか!」

 尊さんに突っ込まれる中、私はケタケタ笑ってお風呂の用意をする。

 そして「行ってきまーす!」と挨拶をして、貸し切り露天風呂に向かった。



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