部長と私の秘め事

救う事のできた命

 それをきっかけに、俺は母方の親族と連絡をとるようになった。

 母と仲違いをした祖母が、今も東京にいるかは分からない。

 もしいないとすれば、名古屋の本邸に住んでいるのだろうか。

 俺が名古屋の本邸の近くをうろついても、とうに亡くなった娘の子だと気づく者はいない。

 ――なら、ちょっとだけ見てみようか。

 そう思った俺は、年末に名古屋の温泉旅館に行く事にし、一人旅を決行した。





 新幹線で一時間半揺られたあと、俺は名古屋市の北にある犬山市の、木曽川に面した落ち着いた佇まいの宿にチェックインした。

 年末年始にかけて連泊するつもりだから、急いで様子を見に行く事もないと思い、年内は温泉に浸かってゆっくりする事にした。

 夕食前に部屋にある半露天風呂に入った俺は、豪勢な懐石料理を食べてまた温泉に入り、テラスのソファに座ってボーッとする。

(……ん?)

 が、視線の先で歩く人陰を見て目を瞬かせた。

 時刻は二十二時過ぎなのに、中学生ぐらいの女の子が川沿いを歩いていた。

 目的があってスタスタ歩いているのではなく、フラフラと進んだあとに立ち止まり、しばし木曽川をぼんやり見たあと、川へ向かって進み、また立ち尽くす。

 観光で景色を楽しんでいる風でもなかった。

(……まさかな)

 嫌な予感を抱いた俺は、立ちあがってその少女を見守る。

 やがて彼女は木曽川に架かっている大きな橋を見たあと、そちらに吸い寄せられるように歩いていった。

『マジか』

 俺は舌打ちし、急いで服を着るとコートを羽織り、慌てて部屋を出る。

(勘違いであってくれ)

 俺は二階建ての旅館から外に出ると、例の少女を探して歩き始める。

 すると前方遠くに彼女の背中が見えた。だが俺がモタついている間に、彼女はすでに橋に着いていた。

 橋は二本あり、片方は列車、もう片方は車道と歩道が一緒になっている。

 俺は走って橋に向かい、少女を探した。

 すると彼女は橋の欄干に両腕をかけ、そこに顎を乗せて川を眺めていた。――ように見えたが、周囲をチラッと確認したあと、反動をつけて欄干の上に足を掛けた。

『バカッ! やめろ!』

 俺はとっさに大きな声を上げ、全力で彼女のもとに駆けつけ、抱き締めるようにして橋から引き剥がそうとする。

『離して!』

 渾身の力で俺の手を振り払おうとした彼女の声は、涙で歪んでいた。

 ――つらい事があったんだな。分かるよ。

 ――でもな。

『いい加減に……、しろっ!』

 俺は声を上げると同時に少女を引っ張った。

 その勢いで尻餅をついたが、彼女を放さないようにしっかり腕に力を込める。

『どうして邪魔するの!? お父さんのところに行かせてよ!! お父さんのいない世界なんて、どうやって生きていけばいいか分からない!』

 彼女の悲痛な声を聞き、俺はすぐ状況を納得した。

 ――この子も〝同じ〟か。

 腕の中の少女はまだ幼い。旅館から見た時は中学生ぐらいと思ったが、実際に触れると子供と大差ない華奢な体をしている。

 少女は冷えた地面に座り込み、体を震わせて嗚咽する。

 頼りないその姿を見て俺は過去の自分を重ねて感情移入し、何とか慰めようとする。

『……親父さん、亡くなったのか?』

 尋ねると、彼女は小さく頷いた。

『つらいよな。俺も小学生の時に母親を亡くした』

 ポンポンと頭を撫でると、少女はゆっくり顔を上げて俺の顔を見た。

『……お兄さんも親を亡くしたの?』

〝お兄さん〟と呼ばれて、思いだしてはいけない〝誰か〟の記憶が蘇りそうになり、心の中の何かがグラッと傾いだ。

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