部長と私の秘め事
『…………あぁ。だから気持ちは理解する』

 言いながら、大きな目に涙を溜めた少女を見て『守りたい』と思ってしまった。

 ――見ず知らずの、初対面の女の子なのに?

 ――キモいだろ。しっかりしろ。

『……お父さんの所に行きたい。……私、どうすればいいの……』

 少女は弱々しい声で呟き、涙を零す。

 母には『困った人がいたら助けるように』と言われていた。

 だが篠宮家に引き取られたあとの俺は、生きるので精一杯で他人の面倒なんか見られなかった。

 なのにこの少女を前にすると『何とかしてやりたい』という気持ちが沸き起こり、自分でも驚きを感じている。

『…………あのさ、親を失った先輩が言うけど、死ぬのは簡単だ』

 俺は冷たいアスファルトの上に胡座をかいたまま、少女にポツポツと語る。

『大切な人はいるか? お母さんは?』

『……いる。…………友達も、少ないけど……』

 少女は手で目元を擦り、洟を啜って答える。

『お前がここで飛び降りたら、お母さんはお前の死体と対面するだろう。警察や大勢の人がお前のために動く。そんでちょっとだけニュースになるかもな。小さなニュースになって、やがて人に忘れ去られていく。人の死なんてそんなもんだ』

 我ながら、オブラートに包んだ綺麗な言葉が言えない。

 死にたいって言ってるやつは、『つらいね、大変だね』と共感してほしいだけの時もあるが、本当に死ぬ奴は何を言っても死ぬ。

 優しくしても真実を言っても同じなら、飾らない言葉を口にするのが誠意だ。

 そもそも、俺は他人に優しくするのが苦手だ。

 小さい頃は愛されて育ったが、今は針のむしろの状態で生活している。そんな奴が他人に優しくできるはずがない。

 だから俺にできるのは、つらい現実を教える事だけだ。

 夢物語を話し、希望を与えるのは他の人の役割と思っている。

『死後の世界なんて、誰も分からないんだよ。幽霊が出てくる恐い映画も、感動映画も、全部人が作ったものだ。幽霊を見える人はいるかもしれないが、見えない人には〝かもしれない〟存在だ。見えたとしても、死後の世界なんて分からない。生まれ変わり? 天国? そんなん、世界中の色んな宗教が混じって、人が都合のいいように解釈したものだ。お前はそんな曖昧なものを信じて死ぬのか?』

 少女に語りかけているうちに、かつてすべてに絶望し、何度も死にたいと願った少年時代の俺に説教している気持ちになった。

 彼女は気まずそうに目を逸らし、ボソッと呟く。

『…………やな人』

『やな人で結構。俺はむしろ、夫を亡くして、娘にも先立たれるお前のお母さんのほうが気の毒だよ。子供に死なれた親ほどつらいもんはないぞ』

『……お兄さん、子供いるの?』

『いないけど』

 俺は溜め息をつき、真面目な顔で言った。

『俺だって、何回死にたいって思ったか分からねぇよ。でも今は、母親をひき殺した犯人に一矢報いられるよう、社会的に力のある男になろうとしてる。いいか? 世の中には人を殺しても、のうのうと生きてる奴がいるんだ』

 俺は目の奥に激しい憎しみを宿し、子供相手に言い聞かせる。

『さっきも言ったけど、死ぬなんていつでもできる』

 そう言うと、彼女は唇を引き結び、俺を反抗的に睨んだ。

 自分の覚悟を軽んじられた気持ちになって怒ってるんだよな。分かるよ。それでいい。

 生きるために心を燃やすなら、怒りでも何でもいい。

『悲しいだけか? ムカついてないか? お父さんに対して〝どうして死んだんだ〟って思わないか?』

『…………っ、思って、……る……』

 煽るように尋ねると、彼女は震える声で答えた。

『そのムカつきは、親父さんの死を止められなかった自分への怒りでもある。……でもな、子供のお前にできた事は何もない。あんまり自分を責めるな』

 そう言うと、彼女は目を見開いて小さく体を震わせた。

 俺は少女の両肩をしっかり掴み、正面から見つめて言い含める。

『いいか、強くなれ。力を付けろ。この先、大切な人を両手から取りこぼさないように、お前が命を救っていくんだ』

 ――よく言う。俺自身、誰一人として救えていない。

 ――なのに他人になら、こんな偉そうな事を言えるんだから。

 言いながら、俺は内心で自分を嗤った。

『生きるってな、楽しい事もあるけど、基本的につらいんだよ。学生時代は勉強、テスト漬け、大人になれば働いてばっかりだ。そのつらさを紛らわせるために趣味を作り、友達や恋人を作って慰め合い、幸せや楽しさを求める。〝生きるのが楽しい〟と思えても、周りの人がいきなり死ぬ事もある。親戚かもしれないし、友達かもしれない。祖父母や親世代なら子供より死ぬ確率が高くなる。かといって若いから死なない保証もない』

 彼女は微かに唇を噛む。

『生きている限り悲しみはやってくる。そのたびに絶望して死ぬなら、命が幾つあってもキリがねぇよ。そうならないように心を鍛えろ。一人じゃ立てなくても、家族や友達に頼り、本を読んで自分の支えになる言葉を見つけて、推しを作って心の支えにしろ』

 俺は年端もいかない少女を相手に、盛大なブーメランを投げる。

 俺は強くねぇし、友達もほぼいない。読書は好きだが推しなんていない。

 でもこの子には俺みたいになってほしくないし、大勢の友達に囲まれて笑っていてほしいと願ってしまう。

『生きるのはつらいけど、……それでも生きてくれよ』

 俺は心からの言葉を口にし、彼女の頭をクシャクシャと撫でる。

『子供が死ぬニュースを見るとつらくて堪らない。やろうと思えば、これから何だってできる可能性の塊だ。……お前がその可能性を潰すな。自分をいじめて殺すな』

『…………っ、~~~~っ、う、…………うぅ……っ』

 彼女の目から涙が溢れ、ボロボロと零れていく。

 俺は苦笑いし、少女を抱き締めて薄い背中をトントンと叩く。

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