部長と私の秘め事
「もう少し涼しくなった頃、良かったら俺の家に遊びに来てください。勿論、皆さんと一緒に」

「ええ、伺うわ」

 柔和に笑った彼女からは、俺に対する心の壁のようなものが、一枚剥がれたように思えた。

 それは彼女も同じらしく、百合さんはクスッと笑って言う。

「こういう事を言ったら気分を害するかもしれないけれど、私、まだ緊張しているの。まともに会うのは二回目だし、二回目でいきなり旅行って……、ちょっと驚いてしまうわね。……でも長い時間を掛けて慣れていこうと言うには、私には時間の余裕があまりない。だから大地たちもこういう場を設けてくれたのだと思う。……私と尊は、もっとじっくりと、時間をかけて話し合い、分かり合っていかなければならないと思う」

 彼女は静かに息を吐き、皺の刻まれた細い指を組んだ。

「私はもう十分に尊を受け入れているし、あなたも同じだと信じている。……けど、……そうね。たとえて言うなら、相性のいい血液型で輸血されても、何かしら副反応は出てしまうと思う。お互いを受け入れたいと思っていても、大地たちと同じように扱うには、まだ馴染むための時間が必要なんだと思うわ」

「……俺も同じですから分かります。受け入れてもらえて嬉しいですが、急に〝孫〟としてみんなと同じように振る舞い、『お祖母ちゃん』と呼ぶのは、『図々しくないか』とか、気恥ずかしさとかがあります。……それも〝慣れ〟だとは思いますが」

 お互いの本音を吐露し、俺と彼女は同じタイミングで笑う。

「……でも、私がずっと抱えていた罪悪感は、大体伝える事ができたわ。それで許されると思っていないし、尊を幸せにする事でさゆりとあかりに応えたい。残り少ない人生だけれど、今まで祖母として接する事ができなかった分、色々させてちょうだい」

「はい。……俺も〝お祖母ちゃん孝行〟させてください」

 二人とも、最初にこの席に座った時よりずっと打ち解けられた気がした。

「小牧たちの力も借りていいかしら?」

「勿論です。〝みんな〟で速水家の親戚として仲良くしていけたらと思います」

「そうね。朱里さんも含めて〝みんな〟で」

 彼女はそう言ったあと、視線を上げて「あら」と声を漏らした。

 振り向くと、ロビーの入り口に朱里も含めてみんなが団子になっている。

「あっ、見つかっちゃった!」

 小牧ちゃんが言ったあと、みんな気まずそうにバラけて顔を覗かせる。

「心配してくれたの?」

 百合さんに笑われ、朱里たちはこちらへやってくる。

 将馬さんだけはいなかったが、きっとあとから部屋で百合さんにゆっくり話を聞くのだろう。

「気まずくはならないだろうな~……と思っていたんだけど、なんか心配で」

 弥生ちゃんが言い、近くの椅子に座る。

「私は監督係よ。……というか、素敵じゃないそのオルゴール」

 ちえりさんが言い、百合さんは嬉しそうに微笑む。

「オーダーメイド品以上の価値があるわ」

「今回の旅行だけで話し足りない事もあると思うし、今後もみんなで沢山会いましょうね」

 ちえりさんに言われ、百合さんは「ええ」と頷く。

「明日の大阪、泊まるホテルは素敵な所だろうけど、カジュアルな所で気軽に飲み食いして、パーッとお祝いしたいわね」

 小牧ちゃんが言い、弥生ちゃんが「賛成!」と挙手する。

 朱里は大阪グルメを想像してか、黙ってニコニコしている。

「お好み焼きやたこ焼きはテッパンだな~。串揚げも逃せない……。お土産に『ゴーゴーワン 551』の豚まんとか、『テツローおじさんのチーズケーキ』とか……」

 大地が指折りブツブツ言い、朱里の耳がピクピクしているのが分かる気がする。

「そうね。大阪に行ったら、パーッと楽しまないとという気持ちになるわ」

 百合さんが言い、みんな笑顔になる。

「急ぐ旅ではないけれど、チェックアウトの時間もあるし早めに寝ましょうか。尊くんはまた日を改めて、ゆっくりと母さんと話してあげて」

「はい」

 ちえりさんに言われ、俺は微笑んで頷く。

 そのあと百合さんに改めてお礼を言われ、朱里と一緒に部屋へ戻った。



**



「大成功! ですか?」

 部屋に戻った私は、尊さんの顔を覗き込んで尋ねる。

「……かもな。……うん。……前よりは心の壁が薄くなったように思える」

「うんうん。何回も会ってお話しして、好感度を上げて攻略していくといいんですよ」

「……だから恋愛シミュレーションゲームじゃねぇって」

 クスクス笑った尊さんは、部屋を出る前よりずっと表情が柔らかい。

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