部長と私の秘め事
 玄関からもう桁違いで、ギャラリーホールにある高級絵画を見ると、美術館に入ったように思える。

 尊さんづたいに涼さんから教えてもらった話では、今彫刻家の人に依頼して、恵をモデルにした作品を作ってもらっているとか。

『恵ちゃんが知ったら激怒して爆発しちゃうから、できるまでナイショね』らしい。

 私としては、ついに親友が彫像デビューして嬉しい。

 完成したあかつきには、ぜひその彫像のポーズを真似て、当分のあいだ恵をからかおうと思っている。

 それにしても、像が完成したら、恵は帰宅するたびに自分をモデルにした像を目にする事になる訳で、…………傍から見ていて面白いだろうなぁ……。

 ニヤニヤしていると、恵が私の顔を見て「変な顔」と言ってきた。失敬な。

「これどうぞ! おじさんのチーズケーキとか、大阪のパティスリーとか。座布団モンブランもあるよ!」

「ありがとう。……買って来てもらってなんだけど、すっごい沢山だね。……まさかお土産が、お菓子の入ったでかい紙袋四つとは思わなかった……」

 恵は半ば放心している。

 恵も人並みにスイーツは好きで食べるけれど、私ほどじゃなくて、沢山食べるともたれてしまう繊細なタイプだ。

「無理なく食べて。一時間おきとかだと、いけると思うから」

「いけんわ。自分と同じと思うな」

「あとね! あとね! 伊勢志摩に行った時のお菓子もあるし、じゃーん! お守りでーす!」

「マジか……。ありがと」

「恵のためにも沢山お参りしてきたから、安心して生きてね!」

「……ん、うん……。生きる……は規模がでかすぎるけど、ありがとう」

 ――と、その時玄関から涼さんの声がした。

「ただいまー。おや、ジャストタイミング」

「おう、涼。帰宅タイミング合わせてくれたのか? 忙しいのに悪いな」

 尊さんは彼に向かって軽く手を上げる。

「朱里ちゃんもこんばんはー」

「はーい! こんばんは!」

 私は涼さんに向かってガリコのポーズをとる。

「恵ちゃーん! ただいまー!」

 涼さんは五十畳以上あるリビングを小走りで移動し、ピカピカの床を利用してツー……と滑ってくる。

 そのまま恵をガバッと抱き締めようとしたけれど、彼女はヒョイッとよける。

 まるで逃げるカーリングだ。

 涼さんは目を見開いて恵を見つめ、ぷーっと頬を膨らませる。

「三十代の男性が頬を膨らませないでください。朱里みたいなモチモチほっぺならともかく……」

 そう言って、恵は私の頬をもちもちしてくる。

 すると涼さんは昭和のドラマの、ビンタされた妻のように横座りで崩れ落ち、さめざめと泣き始めた。

「恵ちゃんが冷たい……。涼子のほっぺを愛してくれない……」

「ピコちゃんのほっぺは美味しいっすけどね」

「あれは美味い」

 私はカスタードの入った洋生菓子を思い出し、コックリと頷く。

「それにしても、沢山サンキューな、尊」

「お、復活した。どういたしまして」

 尊さんは床の上に座っている涼さんに手を差しだし、グイッと引っ張って立たせる。

「お茶でもどう?」

 涼さんはそう言ってくれたけど、尊さんは首を横に振る。

「サンキュ。でも朱里がクタクタになってるだろうし、このまま帰って爆睡するよ」

「そうだね。また日を改めて」

 玄関に向かうと、恵がポンポンと肩を叩いてきて、振り向くとギュッと抱き締めてきた。

「ありがとうね、朱里。帰ったらぐっすり寝て」

「……うん! ありがとう!」

 さっきは汗だくな私へのタッチを拒否したのに、この塩と砂糖のギャップはさすが恵だ。

 甘いのもしょっぱいのも楽しめて、思わずハッピーなターンをクルリと決めてしまいたくなる。

「……あ、涼子ちゃんがエアハンカチを噛み締めてる……」

 涼さんが目に見えない電柱の陰から、私と恵のやり取りを切ない目で見つめている。

「いつもの事だから気にしなくていいよ」

 サラッと恵が言った時の涼さんは、昔の少女漫画なら、睫毛バシバシの白目になってそうな表情だ。

「じゃあ、また今度遊ぼうね、恵」

「うん! 気をつけて。ゆっくり寝ろよ!」

「はーい!」

 私は二人にブンブンと手を振り、尊さんと一緒にエレベーターに乗った。



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