部長と私の秘め事
「……おい。寝るなよ? 風呂で寝るなよ?」

「……ご、ごめんなさい……」

「ちょっと説教モードに入るが、気持ち良くて〝寝た〟んじゃなくて、体温上昇からの、熱を逃がそうとして血管拡張、血圧低下からの失神だからな?」

「……はい」

「旅行が重なって疲れたから、風呂でゆっくりしたいの分かるが、寝ちまいそうな時は湯船入るのやめとけ。それか俺と一緒に入るかだな」

「……子供みたい。それか要介護」

「……そう思うのも分かるが、若くてもいつ何があるか分からんからな」

「はい。ごめんなさい」

 謝ると、尊さんは溜め息をついてから立ちあがり、キッチンまで来て私を抱き締めた。

「心配させんな」

「ごめんなさい……」

 私もキュッと抱き締め返し、猛省する。

 多分、尊さんは私が思っている以上に動揺しているんだろう。

 彼は大切な人の死にとても怯えている。

「たかがお風呂」と思わないで、日常のちょっとした事でも気をつけないと。

「もうしません」

「……そこまで言ってほしい訳じゃない。俺も言いすぎたかもしれん。悪い」

「いやいや、あの……、じゃあ、お互い介護ごっこしましょうか」

「なぜ介護」

 尊さんは突っ込んでから「ぶふっ」と噴き出す。

「お風呂にAIを導入して、寝そうになったら上から盥が落ちてくるとか」

「今どきっぽくAIを導入したのに、突っ込みが昭和かよ」

「イッキシッ」

「やめろ」

 お笑い芸人のくしゃみを真似すると、尊さんはとうとう笑い始めた。

「デンデンデンデンデーレッ♪ デ、デーレッ♪ デ、デーレッ♪」

 両肩を上下させてヒゲダンスを始めると、尊さんはキッチン台に寄りかかる。

「世代じゃないくせに……」

「不滅のネタですよ。尊さんだって私と歳が大して変わらないじゃないですか」

「朱里、高校生の時に何が流行ってた?」

「えー? 回りの子はTikTokやったり、動画見てましたね。私はそっちはあまり興味なくて、インスタ始めたクチですけど。あとは米津さんとか星野源さんとか。『鬼滅の刃』や『君の名は。』……あと、ゲームのスプラとかマイクラとかも流行ってました」

「あー……、俺はニコ動とかmixi、ボカロの時期だなぁ……」

「……割と違いますね?」

「朱里、ガラケー知らんだろ」

「えぇ~? 尊さん、ガラケー使ってたの?」

「……だから俺、おっさんなんだよ……」

 尊さんはガックリと項垂れる。
「という事は、涼さんもおっさんなんですね?」


「そうだよ。なんだと思ってたんだよ」

「……なんか、永遠のキラキラ系おかしな人と思ってました」

「間違えてねぇけど……。覚悟しとけよ? 三十代入ったら徹夜無理だし、寝ても疲れがとれねぇし。こう見えて歩いてて膝が鳴るし、揚げ物きつくなったし、夜にラーメン食うと翌朝まで残るんだよ」

「わぁ、やめてやめて! 私の格好いい尊さんがおじさんになってく……」

「だからおっさんだって言ってるだろ。あと、俺も涼も、そろそろ白髪がチラホラしてきて、何気に染めてもらってる」

「うわあああああああああああああ!!」

 私は両手で耳を覆って、その場に崩れ落ちた。

「安心しろ。あと十年ぐらい経ったら、きっと老眼始まってるから」

「うおおおおおおおおおおお……!!」

 私はキッチン台に縋り付き、悲嘆に暮れる。

「朱里もあと少しで三十路への扉を開くから、思う存分食っておけよ。生クリームとか食えなくなるからな」

「ヤダ……。コワイ……」

 私はしばらくプルプル震えたあと、ボソッと言った。

「スプレーから生クリーム出てくる奴、呑もうかな……」

「待て待て待て。冗談だからマジやめろ。……てか、健康診断大丈夫か?」

「あ、はい。太鼓判つきです」

「マジか……。若いってすげぇな」

「え? 尊さん引っ掛かってるんですか?」

「いや、引っ掛かってはねぇけど……」

 そう言って尊さんは明後日の方向を見て、「なんか飲むか」と冷蔵庫を開けた。

「あー、誤魔化した。わーるいんだ」

「ジュース飲む人!」

「はーい!」

 私はジュースにつられ、スックと立ちあがる。

 そのあと二人で体に良さそうなジュースの瓶を抱え、ちゅるーっと飲む。

「はーっ、ジュースおいしー!」

 満足して言うと、尊さんが横を向いて噴き出す。

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