部長と私の秘め事

日常へ

「え?」

「……いや、なんか時々朱里が天真爛漫な子供みたいに思えて、愛しくて」

「……おや、父性ですか?」

「どうだろな」

 彼は私の前髪を上げると、額にチュッとキスをする。

「週末休んで、月曜日から復帰かぁ……」

「ま、のんびり休んで英気を養おうぜ」

「はい。町田さんのご飯も楽しみ」

 そのまま私は尊さんに寄りかかり、ボーッとテレビを見ながらジュースを飲んでいた。

 ケアンズからずっと非日常が続いていて、今でも夢の続きを見ているようだ。

 でも非日常は、日常があるから輝く。

 毎日旅行三昧、外食ばかりしていれば、それは特別な体験ではなく、つまらない毎日になってしまう。

 多分、尊さんや涼さんはそういう経験をしたから、家で安全に食べられる料理を求めて家政婦さんを雇っているのだと思う。

 ジュースを飲み終わったあと、私はウトウトし始める。

「……そろそろ寝るか」

 尊さんは立ちあがり、私をヒョイッと姫抱っこする。

「……んふふ。しゅきぴ」

 私は彼の首元に腕を回し、キュッと抱き締める。

 先ほど歯磨きをしたけれど、私たちはもう一度サッと口の中を綺麗にし、マスターベッドルームへ向かう。

 私は随分久し振りに思えるベッドに横たわった。

(あ……、寝室のディフューザーの匂い……)

 私はモソモソとタオルケットにくるまり、寝る体勢をとる。

「おやすみ」

「ん……、おやすみなさい」

 目を閉じて寝ようと試みながら、私は色んな事を思いだしていた。

 私も尊さんも、色々と暗い過去があって一時は薬を飲んでいた。

 それでも彼と付き合うようになってから精神的にとても安定し、今は薬をほぼ必要としなくなっている。

 尊さんも同じで、「朱里といると寝付きがいい」らしい。

 栄えある抱き枕ナンバーワンになれて嬉しい。

 いつものベッドの心地よさに安心した私は、そのままスゥッ……と眠りに落ちた。



**



 翌朝、目が覚めたのは九時近くだった。

(わぁ……、すっごい寝ちゃった)

 尊さんは先に起きているようで、私はボーッとしてしばらくウダウダと転がったあと、ようやく目を覚ましてベッドから出た。

 顔を洗って着替えると、リビングのソファに座っていた尊さんが「おう」と片手を上げる。

「おはようございます」

 私はまた大きな欠伸をしたあと、ヨガマットを出して柔軟を始めた。

「精の出る事だな」

「なんか体が柔らかいとすべてが解決するんですって。血行とか肩こりとか何とか」

 私は開脚してベターッと上半身をつけたあと、肩甲骨周りなどを入念にほぐしていく。

 長時間のドライブも飛行機も、同じ姿勢をとっているから体に負担がかかる。

「恵も体柔らかいんですけど、なんでか恵に『軟体動物』って言われてます」

「ははっ、言いそうだな」

「学生時代、体育の時間に恵とペアになって準備体操していたんです」

「涼子が嫉妬するぞ」

「あははっ、恐い。三つ編みおさげにブルマ穿いた涼子ちゃん、泣きながら迫ってきそう」

「もう犯罪者だろ、それ」

「ひひひ」

 一通り話したあと、尊さんは立ちあがった。

「ゆっくり寝てもらおうと思って、まだ飯の支度してなかったけど、和洋どっちにする?」

「うーん、お米炊くの時間がかかるから、パンにしましょうか」

「あ、じゃあ、町田さんが食パン買っておいてくれてるから、フレンチトーストにでもするか」

「さんせーい! スパダリが作ってくれるフレンチトースト、美味しさ三割マシ!」

「おい、ハードル上げるな」

 尊さんは突っ込みを入れ、キッチンに立った。

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