部長と私の秘め事
尊さんからは『終わりそうな頃、丸の内側で待ってる』と言われていたので、デザートを食べ終えたあとに【そろそろお店を出ます】とメッセージを送った。
お店で解散……と言っても、みんな自然と東京駅に向かう事になるので、鏑木さん達とは距離を開けて歩いていた。
その時、秘書課の女性の一人に声を掛けられた。
鏑木さんたちのイメージが強くてかすんでいたし、本人もあまり口を開いていなくて印象が薄かったけど、確か役員担当共通秘書の小鳥遊琴音さんだ。
年齢は二十四歳と言っていた気がする。
身長は百五十センチ後半、中肉中背で、髪の両サイドを編み込みにして纏め髪にし、前髪はシースルー、サイドバングをゆるっと巻いているのは今っぽい。
顔立ちも清楚な感じで、可愛いと綺麗の中間ぐらいだ。
今日の飲み会には、服の汚れを気にしなくていいよう、紺色のワンピースを着てきている。
「あの……、今日はお疲れ様です」
遠慮がちに声を掛けられ、私は「あ、どうも」と会釈をする。
彼女は少し黙っていたけれど、やや離れた所にいる鏑木さんたちをチラッと見てから、何とも言えない笑みを浮かべた。
「……大丈夫でしたか?」
「あぁ……、あー……。……ありがとうございます。大丈夫です」
小鳥遊さんの言わんとする事を理解した私は、笑顔で頷く。
怜香さんという強烈な人を相手にした時もあったし、元彼には誘拐されたし、総務部の人々にも色々やられたし、最近タフになってきた気がする。
そう思えるのも、尊さんや恵、涼さん、エミリさんや春日さんみたいに、絶対的な味方になってくれる人がいるお陰だ。
「良かったです……。……あまり言いづらい事なのですが、辞めていった人や、異動を希望した人もいて……」
「うん、なんか……、分かります」
私は何を、と言うでもなく頷く。
「秘書課の職場と、副社長秘書室は離れていますから、今後、このような集まりがない限りは大丈夫と思います。……応援していますから、負けないでください」
「ありがとうございます」
いい人だなぁ、と思った私はペコリと会釈をした。
近くを歩いていたエミリさんは、諸岡さんと話していたけれど、チラッとこちらを見ても特に何もアクションを見せなかったので、多分大丈夫なんだろう。
「私、上村さんみたいに、ハッキリと意見を言える人に憧れます。……私は言われた仕事をこなすので精一杯で、先輩たちみたいな向上心はあまりなく、自分が恥ずかしいぐらいで」
「そんな事ないと思いますよ。お仕事を続けられるのは凄い事です」
「そう言っていただけて嬉しいです」
小鳥遊さんはホッとした表情になり、笑顔を見せる。可愛い。
「あの……、もし良かったら、今度一緒にご飯食べませんか?」
小鳥遊さんに誘われ、私は目を丸くする。
「いっ、いいんですか? 私、てっきり皆さんに嫌われているものかと……」
「先ほどの件でご存知の通り、上村さんや丸木さんを妬んでいるのは一部の人だけです。その証拠に限られた人しか言及しなかったでしょう? ……言い方は悪いですが、彼女たちの感覚についていけない人や、女性同士のバチバチに辟易としている男性秘書は、迷惑を被っています。……彼女たち、仕事はできるんですが、見ての通り感情にムラがあるので、機嫌の悪い時は職場の空気も悪くて……」
「あぁ……」
何となく察した私は、小鳥遊さんが気の毒になって頷く。
「じゃあ、良かったら宜しくお願いします」
横断歩道を渡った私は、小鳥遊さんと連絡先を交換した。
ライトアップされた煉瓦造りの建物の前は、相変わらず大勢の人が行き交ってる。
ウエディングフォトスポットとしても有名なので、この辺を通っているとよく花嫁さんを見る。
スタッフさんがドレスやヴェールを手で持ち上げ、フワッと靡かせて忍者のようにシュッと去り、その瞬間をカメラマンが撮影しているのを見ると、「大変だなぁ……。凄い職人技だなぁ……」としみじみする。
そしていずれ私も尊さんと、ウエディングフォトを撮るんだな……と思うと、まだ具体案の出ていない結婚式の事をファーッと考えてしまう。
(尊さん、もう来てるのかな……)
そう思って周囲を見回すと、エミリさんが「あ」と声を漏らした。
「珍しい組み合わせがいるわよ」
彼女が指さすほうを見ると、我が社のツートップ、篠宮兄弟が立っていた。
二人とも少し距離を開けた微妙な場所にいて、それがなんだか可愛い。