部長と私の秘め事
「み……」

 思わずいつもの癖で「尊さん」と言いかけ、私は「うぅんっ」と咳払いをする。

「ミンミンゼミって鳴いてますかね?」

「時間的に、ツクツクボウシはもう店じまいしたんじゃない?」

 エミリさんが笑い交じりに言い、私もごまかし笑いをする。

「あっ、社長~! 副社長も!」

 先ほどあれだけやり込められたのに、鏑木さん達はかしましい声を上げて彼らに駆け寄っていく。

「近年の映画のゾンビって、すっごいスピードで走るわよね」

 それを見たエミリさんがボソッと言い、私は横を向いて噴き出してしまった。

 エミリさんの言葉が聞こえたらしい小鳥遊さんも、クスクス笑っていた。

「副社長、お優しいですか?」

 小鳥遊さんに尋ねられ、私はドキッとしつつ答える。

「……は、はい」

「良かったです。祝福している人もいるので、お幸せに」

 彼女の笑顔を見ていると、何だかフワーッと心が癒やされる。

 尊さんと風磨さんは鏑木さんたちの相手を適当にしつつ、こちらにやってくる。

「上村さん、車待ってるから」

「あ、はい」

 尊さんに呼ばれ、私は小鳥遊さんに会釈をしてから小走りに彼のもとへ行く。

 エミリさんも風磨さんに呼ばれて歩き始めた。

 鏑木さんたちのものらしき視線を感じたけれど、あえて気づかないふりをし、そのまま鉢村さんの運転する車に乗った。





「どうだった?」

「いやー……、うん。お肉美味しかったです」

「そいつは良かったが……。変な事言われなかったか?」

 心配され、正直に言うべきか悩む。

「即答しないっていう事は、なんかあったんだな?」

「え、……うぅ、あの……」

 モゴモゴと言った私は溜め息をつき、白状する。

「大体、ご想像の通りです。でもエミリさんも笹島さんも、諸岡さんも味方になってくれました。エミリさんは録音していましたし、笹島さんも援護してくれて、諸岡さんは鏑木さんたちの暴言を一旦〝預かり〟にしました。……多分、今は目を瞑るけど、今後も迷惑行為を働くようなら、飲み会で聞いた話を風磨さんや尊さんに報告する、と脅しをかけたんだと思います」

 それを聞き、尊さんは溜め息をつくと脚を組む。

「まぁ、一発退場はさすがに可哀想だからな。朱里に暴言を吐かれたのは俺もムカつくが、社員を束ねる立場として、〝注意〟する段階は与えてやりたい。それで思いとどまってくれるなら、こっちとしても職場に穴を空けなくて済むしな」

 確かに以前も総務部の人たちとやり合ったように、あまりに酷くて何回も同じ事を繰り返しているなら、組織として切り離さなければならない。

 でもあまりにスパスパとクビにしまくっても、社員の出入りが激しい、安定しない職場だと思われる可能性がある。

 それに誰かが風邪とかで一人休んだだけでもバタバタするのに、何人も一気に辞めたなら、残された人たちは地獄を見るだろう。

 総務部の人たちとやり合ったあと、社食で紗綾ちゃんを見かけて話しかけた。

 彼女は『大丈夫ですよ!』と言っていたけれど、三人もの人が抜けて、通常通りといかないのは分かっている。

 あの事があった直後、尊さんは中途採用で人を雇ったと言っていて、他部署から総務部に人が回ってきたとも言っていた。

 いずれ新卒を雇って人員を補充できるとしても、新しい人も仕事を覚えるのに大変だろう。

 少なくとも鏑木さんたちが仕事のできる人なら、いなくならないほうがベターだ。

「これで大人しくしてくれたらいいんですけどねぇ……」

「ま、先の事を考えても仕方ないし、そうなると祈ろう。エミリも過去に酷い嫌がらせをされたらしいが、当時の課長や諸岡さんがかなり厳しく言ったらしい。……今回は時間も空いたし、気が緩んだのかな。……甘い事を言ってる自覚はあるが、何も起こらないでほしいと願っちまう。人を辞めさせるのも、雇うのも労力が要るから」

「ですねぇ……」

 まぁ、確かに嫌な思いはしたけれど、悪口を言われるのは慣れているし、いちいち落ち込みはしない。

 相手が嫉妬しての事だと分かってるし、そんな彼女たちに私ができる事は何もない。

 私は多分悪くないと思っているし、要は彼女たちの考え方次第だ。

 現に小鳥遊さんが言っていたように、私と尊さんの仲を祝福してくれる人もいるし、業務に差し支えがないならどうぞご自由に、という人もいるだろう。

「……上から目線になっちゃいますが、多分彼女たち、ストレス抱えているんでしょうね。彼氏とラブラブしてないのかな?」

 それを聞いた尊さんは噴き出した。

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