部長と私の秘め事
「おま……っ、それ絶対に言うなよ? 図星突かれてブチギレるから」

「おや、私とした事が真理を言い当ててしまいましたね、ワトソン君」

「キレッキレだよ、ホームズ……」

 尊さんは溜め息混じりに笑い、「はぁ……」ともう一度溜め息をつく。

「まぁ、お察しの通り、楽しく生きてる奴は他人に突っかかったりしない。鏑木さん達が朱里に嫌な事を言ったのは、人生上手くいってそうに見えて羨ましいからだ」

「……確かに私、今は順調だと思いますけど、ちょっと前まで昭人に誘拐されましたし、総務部の人たちにも攻撃くらったし、実父も悲惨な形で喪って記憶がなかったですし、少し前までは亮平や美奈歩とも上手くいっていなかったし……。でも彼女たちはそういう事はまったく知らないし、上辺だけ上手くいってる所を切り取って見ているんでしょうね」

「だな。みんな表に出していないだけで、色々あるんだよ。それを想像できず、『自分だけが不幸な目に遭ってる』と思うのは、大人として未熟だ」

「ですよねぇ……。秘書課でバリバリ働いて、経営者や役員の方と懇意になりたいと思っているなら、それぐらいは分かっていないと……」

「言い方は悪いが、男側も人を見るからな。どんだけ外見を綺麗に整えていても、仕事ができても、いざ話してみたらその人がどんな人か、何となく分かってしまう」

「尊さんもそういう経験あるんですか?」

 尋ねると、彼は少し沈黙してから言った。

「自分を売り込もうとする女性は、かなり前のめりになっていると感じたな。姿勢が、じゃなくて、……上手く言えねぇけど、俺の話を聞いてくれていても、〝ウケの良さそうな相槌の打ち方〟の模範を見ているような感じだった。……悪意ありきで見ているようで性格が悪いんだが、『私ってあなたの事を分かっているでしょう?』っていう態度が透けて見えた」

「はー……、なるほど」

 頷いたあと、何となく納得した。

「言葉にしていなくても、伝わってくる感情ってありますもんね。いい感情でも悪い感情でも、強い気持ちを持っていると、口に出さなくても態度とかに出ちゃう」

 思いだしたのは亮平の微妙なスキンシップや、時沢係長の過度な期待。

 そして美奈歩の無言の〝嫌い〟〝苦手〟オーラや、昭人から常に感じてた若干の苛立ち。

 尊さんも、かつては怜香さんから言葉にしなくても伝わる、強い悪意を感じていただろう。

 強い感情を向けられた人って、事が落ち着いたあとも他人の感情の変化に気づきやすくなると思っている。

「そういうのは、仕事をやっていても感じるけどな」

「あぁー、確かに。特に営業さんは気迫で乗り切る時もあるみたいですしね」

 私は六条さんを思い出し、生ぬるい笑みを浮かべる。

 彼の場合、勢いだけじゃなくて、プレゼンする前の綿密な確認や、相手の好きそうなものを調べるとか、とにかくリサーチ力が半端ないらしい。

(……前に出張のお土産って言って、レモンのお菓子くれたの嬉しかったな。私がレモンスイーツ好きだって、どこかで聞いたんだろうか)

 大体、お土産にするお菓子って、プレーンな物やチョコレート、ストロベリーやキャラメル、抹茶などがメインだ。

 でもそれを選ばず、ピンポイントでレモンのお菓子をくれた時『おお……』と思ったものだ。

(いやいや、尊さんといる時に、六条さんの事を考えるのは駄目だ)

 そう思い、私は勇壮なモンゴルの平原を思い浮かべた。

 ……ジンギスカン食べたい……。





 そんな事をしている間に、車は三田のマンションに着いた。

 私たちは鉢村さんにお礼を言い、彼と別れる。

 帰宅してメイク落としをし、シャワーを浴びた私は、ルームウエアに着替えて鼻歌混じりに冷凍庫からアイスを出す。

 ちなみに大阪土産のスイーツは、とっくに食べてしまった。

 周りからの反応も良く、心身共に満足だ。

 そして一晩寝たら体重も元通りになり、何事もなかったように生活を送っている。

 なお、恵は私からのスイーツ爆撃を食らって増量したらしく、今一生懸命走って落としているところだそうだ。

『ほんっとうに朱里は化け物』と言われたけれど、……そこまで言わなくても……。

 でもニコニコした涼さんと一緒にランしているんだろうし、キューピットをしちゃったな……。

 頭の中で恵が『いらんわ!』と突っ込んでくるけれど、聞かなかった事にしよう。

 尊さんと並んでテレビを見ていると、ポンと太腿の上に彼の手がのった。

「ん?」

 シャク……とアイスを囓って彼を見たけれど、尊さんはテレビを見たままだ。

(あ……)

〝察して〟しまった私は、カーッと赤面する。
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