部長と私の秘め事

拘置所の母

「大丈夫……」

 私は呟き、尊さんが寝る方向に横臥すると、パフンと彼の枕を叩く。

 そのまま、薄闇の中ぼんやりと過ごしているとドアが開き、フワッとボディソープの香りと湯気の温かさ、湿気が流れ込んでくる。

 下着を穿いた尊さんが戻って来ると、私は両腕を広げて彼を迎える。

「おっ、大歓迎だな」

 彼はベッドに寝転ぶと、ギューッと私を抱き締めてチュッチュッと額にキスをくれる。

「……しゅき」

「ん、俺も好きだよ」

 尊さんはベッドサイドに置いた水を飲み、「はーっ」と息をつく。

 腕を組むと、彼はクスッと笑って頭を撫でてきた。

「甘えモードだな」

「そういう日もあるのです」

「誰しもそういう日はあるな」

 尊さんはサラリと私の髪を撫で、体に腕を回し脚を絡めてくる。

「シャワーから上がったばかりだけど、暑くないか?」

「ホット寝技大歓迎です」

「新しいジャンル、開拓するじゃねぇか……。ヨガみたいだな」

「ひひひ、いい汗かきそう」

「……またムラムラしてくるから、言葉には気をつけたまえ」

「むぐっ」

 尊さんに唇を摘ままれ、私はキョロリと上目遣いで彼を見る。

「ははっ、……ったく、可愛いな」

 尊さんは愛しげに目を細め、もう一度額にキスをしてくる。

「夏休み明け、一週間お疲れさん。疲れさせて悪かったな。明日は一日ゆっくり休もう」

「はい」

 私はスゥッと尊さんの匂いを嗅ぎ、目を閉じた。



**



 俺――、篠宮風磨は、母を訪ねて拘置所へ向かった。

 母は今年の一月に逮捕、二月には起訴されている。

 その頃から面会は可能だったが、どういう気持ちで会いに行けばいいのか分からなかった。

 父は何度か通って言葉を交わしているようだが、どんな事を話しているか聞く勇気を持てないままだ。

 それでもエミリに『私も怜香さんには複雑な気持ちを抱いているけど、実のお母さんでしょう?』と言われ、夏になって初めて足を向けた。

 先日、尊に話をしたら、今は気持ちを整えている最中で、いずれ心が決まったら会いに行くとの事だ。

 父から何も話を聞いていない以上、逮捕された母が改心しているのか、いまだ以前と変わらないままなのかは分からない。

 だから物凄く緊張して留置所のドアをくぐった。

 受付で面会申込書を記入し、スマホを含めた持ち物をロッカーに入れる。

 待合室には俺と同じように、面会に来た人々が座っていたが、皆様々な事情を抱えていそうだ。

 随分長く感じる時を過ごし、電光掲示板で自分の番号が点滅し、職員に呼ばれる。

 廊下を進んで着いたのは、ドラマや映画などでお馴染みの、透明な仕切りのある場所だ。

 まさか一生の間に自分がここに座るとは思わなかった。

 パイプ椅子に腰かけて待っていると、地味な色の服を着た母が現れた。

 以前はパーマのかかったボブヘアだったが、今はパーマもとれかけて頭頂部からは白髪が見え、前と比べて随分覇気を失ったように見える。

 母は俺の顔を見て一瞬表情を歪めかけ、視線を落として乱れた感情を処理すると、椅子に座った。

 母に会ったら言おうと思っていた事を、脳内に纏めていたが、以前と人が変わったような変化を見せられ、言葉を失ってしまった。

 母も少しの間黙っていたが、溜め息混じりに尋ねてくる。

「元気にやっているの?」

「……はい」

 エミリに『実のお母さんでしょう?』と言われた通り、第一声に健康を案じる言葉を聞き、この人はどんな事をしても俺の母なのだと感じた。

 でも実母であっても、尊や彼の母、妹にした事は許されない。

 浮気相手だと思ったさゆりさんに、嫉妬する気持ちは理解する。

 でも恨んだり憎んだりする自由はあっても、相手を加害し、命を奪っていい自由はない。

 母はその一線を越えたのだ。

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