部長と私の秘め事
「お父さんから、社長としてしっかりやっていると聞いたわ。あなたは自慢の息子だから、なんでもそつなくできると思っていたから、心配していないけど……。丸木さんはちゃんと支えてくれているの?」

 最後の言葉に、俺はピクッと反応する。

 母はまだ、エミリと結婚する事を納得していない。

 言い負かしたい訳ではないが、これから獄中の人になろうが、母にはきちんとエミリとの仲を認めてもらい、そのあとスッキリして結婚したい。

「……お母さんはどうしてエミリを嫌うんですか?」

 感情を押し殺し、淡々と尋ねると、母は表情に嫌悪感を宿す。

「だってあの人、一般家庭の生まれだし、ご両親とも上手くいっていないんでしょう?」

「我が家だって一般人ですよ。皇族じゃないんです。確かに篠宮家は、遡れば明治華族に繋がる由緒ある家系です。お母さんの実家の國見家も、金沢に立派な豪邸を持つ旧家なのは分かっています。でも、血筋に何の意味がありますか? 自分たちは特別な人間だとでも思っていますか? それは、あまりに時代錯誤で傲慢な考え方ではありませんか?」

 言い返すと、母は黙る。

「……実家でお母さんと同居していた時は、尊に対する態度が恐くて、なるべくその事から気を逸らして過ごしていました。尊を可哀想に思う気持ちはありましたが、関わって俺まで叱られるのが恐かったからです。……そういう意味では、俺も尊の加害者です」

 彼の名前を口にすると、母はギュッと唇を引き結ぶ。

「でも私生活でお母さんと離れてから、少しずつあなたの事を冷静に見つめる事ができました。……きっとお母さんも名家の子として、厳しく育てられたんでしょう。嫁入りする時、お母さんはお茶やお花など、一通りの事を完璧にこなす〝お嬢様〟だったと聞きました。そして大切に育てられた自分に、誇りを持っていたんだと思います」

 母はパイプ椅子にもたれかかり、投げやりに溜め息をつく。

「けど、そのプライドは、さゆりさんによってズタズタに引き裂かれた。覚えている限り、小さい頃の俺にとってのお母さんは、とても優しい人でした。……でもある時を堺にイライラするようになり、尊が同居するようになってから、人が変わったようになりました」

 そう伝える俺は、とても緊張していた。

 今までこの手の話をしようものなら、すぐにヒステリックに怒鳴られていたからだ。

 しかし父から、母は拘置所に収容されてから不眠や精神的な不調を訴え、『私は悪くない!』『家族に会わせて!』と叫ぶようになり、医師の診察を経て心理士と何度か話したと聞いた。

 その中で、母なりに自分の心を見つめ直す事があったのかもしれない。

 父も何度も足を運んだというし、拘置所にいる間に多少なりとも心境の変化があってもおかしくない。

 その証拠に、母は何か言いたそうな雰囲気はあるが、感情を昂ぶらせる事はなかった。

「どんな善人でも、自分の立場が脅かされそうになれば、必死にそれを守ろうとします。お母さんは篠宮家に嫁入りしたのですし、父さんとさゆりさんの関係が終わっておらず、二人の間に子供がいると知ったら、心穏やかにいられないのは分かります。とてもつらかったでしょう」

 その時、母は唇を震わせ、涙を流した。

「お母さんの気持ちは分かります。でも人は、自分が被害者だと思うと、自分中心にしか物事を考えられなくなります。お母さんは『さゆりさんにも事情がある』と思えず、浮気をした夫――、大企業の社長を悪者にする事もできず、すべての罪をさゆりさんやその子供に着せた。……その時点から考え方が歪んでいるんです」

 母はグスッと洟を啜る。

「……一番悪いのは、さゆりさんにプロポーズして結婚せず、彼女の人生を壊しておきながら、お母さんと結婚して彼女を捨てた父さんです。さらに父さんは、結婚したあともさゆりさんの元へ通い続けた。……それは俺たち家族への裏切りですし、人としてやってはいけない事でした。……でも、お母さんは父さんを責められなかったんですよね? 『下手をすれば離婚になり、夫を憎い女に渡し、自分は金沢に帰る羽目になる』。……そんな不安があったから、父さんを責める事ができなかった」

「だって……っ」

 母の声が涙に歪むが、俺はずっと何の役にも立てなかった継弟のために、心を殺して告げた。

「幸せな結婚生活を送れると思ったら、そうではなかった。それは不幸な事だと思いますが、人を殺していい理由にはならないんです」

 ハッキリと言い切ると、母は表情を歪めて訴えてくる。

「でも……っ、私は悪くない……っ! 悪いのはあの女で……っ!」

 母は肩を震わせ、涙を流す。

 今も母は自分は間違えていないと主張しているが、以前ほどの気迫はなかった。

「『自分は』と主観で考えるから、自分のした事を客観視できないんだと思います。ニュースでこう報じていたらどう思いますか? 『女性Aが、夫の浮気相手に嫉妬し、実行犯Bの借金を肩代わりする代わりに、浮気相手Cと、何の罪もないその子供Dをひき殺すように依頼した』。……()()()()事はないでしょう? 女性AはCとDの命を奪っただけでなく、金がなくて困っていただけのBの人生も滅茶苦茶にしたんです」

 母はグスッと洟を慣らし、手の甲で涙を拭う。

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