部長と私の秘め事
「生き残ったCの息子Eが、女性Aを憎み、復讐したいと思うのは当然です」
「風磨は……っ、私の味方じゃないの!?」
母は悲痛な声を上げ、俺を睨んでくる。
「俺とお母さんは血の繋がった家族です。だからこうやって面会に来ていますし、あなたが罪を償ったあとも、母親として接したいと思っています。……家族ですから」
「うぅ……っ」
母は力なくうめき、また新たに涙を零す。
「俺はお母さんを見放しません。でも、尊の味方でありたいんです。……尊は母と妹を奪われました。それに尊は継母と継兄のいる家で同居し、耐えがたい苦痛を味わっていたでしょう。……あなたは事あるごとに尊につらく当たり、自分の身に何が起こったのか理解していない子供に『死ねばいいのに』と罵声を浴びせた。……父さんは負い目があるからお母さんを責めなかった。……でも俺は、優しかったお母さんが尊に鬼のような態度をとっているのを見て、とてもつらかった。……お母さんは『憎い女の子供を見るのがつらい』と思ったでしょうけど、俺の気持ちを考えた事はありましたか? 母親がいつも継弟に怒鳴り散らし、虐待しているのを見せられるほうだって、苦しいんです」
少し強い口調で言うと、母は視線を落とした。
「子供の頃はお母さんの事が大好きでした。美人で優しくて何でもできて、手作りのお菓子がとても美味しかった。みんなに自慢したくなる理想の母でした。……でも、あなたは変わってしまった。常に憎い相手に心を囚われ、如何に小さな尊を苦しめるかだけを考えるようになった。……あなたがしていた事は鬼畜の所業ですよ」
「だって……っ」
母が反論する前に、俺は言い返す。
「母親と妹を喪った小さな尊が、あなたに何をしましたか? あの子は慣れない環境で俺たちに気を遣い、常に邪魔にならないように細心の注意を払っていた。なのにあなたがした事は、傍から見れば無抵抗な仔猫や仔犬を蹴るようなものだったんですよ……っ」
そこまで言い、感情を昂ぶらせた俺は声を震わせる。
「情けない……っ!」
その言葉を聞き、母はショックを受けたように目を見開いた。
「俺が尊の味方でいようと思ったのは、あの子に誰一人として味方がいなかったからです。母親と妹を殺され、引き取られた実父の家には自分を毛嫌いする継母がいる。なのに父さんは、あなたが尊に何をしても止めなかった。中途半端な罪悪感があるから、お母さんの気持ちも分かると思って、父親なのに子供を守らなかったんです!」
話しながら、俺はいつの間にか涙を流していた。
「学校でも尊は孤独だったようで、友達と親しくしている話なんて一度も聞かなかった。父さんはさゆりさんのピアノが好きだったから、尊にピアノをやらせた。尊がピアノを好きかではなく、側にさゆりさんの忘れ形見がいると感じたかったから習わせたんです。…………っ、そんな利己的な理由で、多感な時期の子供の時間を奪い、すべてをピアノに捧げさせた!」
あの頃の尊は、きちんと食事をとっているのに常に顔色が悪く、生気を感じられなかった。
時間があれば練習場に足を向け、遅くなるまで家に帰ってこなかった。
本来、小学生、中学生と言えば友人と交流して思い出を作っていくべき時期だ。
なのに尊はろくに友達を作らず、自分の価値を示すにはそれしかないと言わんばかりに、ピアノや勉強に打ち込んだ。
常に成績優秀でなければ母に叱責されるから、自分の身を守るために人生を削っていたのだ。
その証拠に、数え切れないほどの賞やトロフィーをもらっても、尊はまったく嬉しそうな顔をしなかった。
「……当時の俺は尊の力になれませんでした。仲良くたいと思っても、お母さんが止めたでしょうし、少しでも尊に憎悪が向くのを避けたかった。……だから〝空気〟でいる事に徹したんです」
俺は自分の罪を自覚し、今こそ償うべき時だと覚悟して告げる。
「俺はお母さんの家族ですが、尊の家族でもあります。誰も頼る人がおらず、心を殺して生きてきた尊が、今やっと人間らしく生きようとしています。たとえお母さんが逮捕され、起訴されるとしても、俺は兄として尊に人間らしい幸せを味わってほしいと思い、その背中を押したいと思っています。どちらをとるか、ではありません。悪い事をした人は罰を受ける。それは法律の問題であり、家族としての情があるかどうかではないんです。……むしろ家族の情があるから、時として耳に痛い事を言うものだと思いませんか? どうでもいい人にわざわざ時間を使って、こんな事を言いません」
母はしばらく黙ったあと、項垂れて「……そうね」と同意した。
「……お母さんだってつらかったのは分かります。でも、お母さん一人だけがつらかった訳じゃない事は理解してください。憎い相手と思っている人にも人生があり、事情があると思わなければ、〝自分さえ良ければいい〟というモンスターになってしまいます。……俺はお母さんに、そうなってほしくありません」
「……あなたの言いたい事は分かったわ」
母は力なく返事をし、これ以上何かを言ったとしても、必要以上に母を責めてしまうと思い、今日はこれで切り上げる事にした。
「また来ます。今日が一回目になってしまった事は許してください。……俺も気持ちの整理が必要だったんです。……そのうち尊も来るかと思いますが、冷静に話をしてください」
「善処するわ」
そう言った母は疲れたように溜め息をつき、立ちあがると職員に「終わりました」と告げた。
俺もパイプ椅子から立ちあがり、面会室をあとにした。
「風磨は……っ、私の味方じゃないの!?」
母は悲痛な声を上げ、俺を睨んでくる。
「俺とお母さんは血の繋がった家族です。だからこうやって面会に来ていますし、あなたが罪を償ったあとも、母親として接したいと思っています。……家族ですから」
「うぅ……っ」
母は力なくうめき、また新たに涙を零す。
「俺はお母さんを見放しません。でも、尊の味方でありたいんです。……尊は母と妹を奪われました。それに尊は継母と継兄のいる家で同居し、耐えがたい苦痛を味わっていたでしょう。……あなたは事あるごとに尊につらく当たり、自分の身に何が起こったのか理解していない子供に『死ねばいいのに』と罵声を浴びせた。……父さんは負い目があるからお母さんを責めなかった。……でも俺は、優しかったお母さんが尊に鬼のような態度をとっているのを見て、とてもつらかった。……お母さんは『憎い女の子供を見るのがつらい』と思ったでしょうけど、俺の気持ちを考えた事はありましたか? 母親がいつも継弟に怒鳴り散らし、虐待しているのを見せられるほうだって、苦しいんです」
少し強い口調で言うと、母は視線を落とした。
「子供の頃はお母さんの事が大好きでした。美人で優しくて何でもできて、手作りのお菓子がとても美味しかった。みんなに自慢したくなる理想の母でした。……でも、あなたは変わってしまった。常に憎い相手に心を囚われ、如何に小さな尊を苦しめるかだけを考えるようになった。……あなたがしていた事は鬼畜の所業ですよ」
「だって……っ」
母が反論する前に、俺は言い返す。
「母親と妹を喪った小さな尊が、あなたに何をしましたか? あの子は慣れない環境で俺たちに気を遣い、常に邪魔にならないように細心の注意を払っていた。なのにあなたがした事は、傍から見れば無抵抗な仔猫や仔犬を蹴るようなものだったんですよ……っ」
そこまで言い、感情を昂ぶらせた俺は声を震わせる。
「情けない……っ!」
その言葉を聞き、母はショックを受けたように目を見開いた。
「俺が尊の味方でいようと思ったのは、あの子に誰一人として味方がいなかったからです。母親と妹を殺され、引き取られた実父の家には自分を毛嫌いする継母がいる。なのに父さんは、あなたが尊に何をしても止めなかった。中途半端な罪悪感があるから、お母さんの気持ちも分かると思って、父親なのに子供を守らなかったんです!」
話しながら、俺はいつの間にか涙を流していた。
「学校でも尊は孤独だったようで、友達と親しくしている話なんて一度も聞かなかった。父さんはさゆりさんのピアノが好きだったから、尊にピアノをやらせた。尊がピアノを好きかではなく、側にさゆりさんの忘れ形見がいると感じたかったから習わせたんです。…………っ、そんな利己的な理由で、多感な時期の子供の時間を奪い、すべてをピアノに捧げさせた!」
あの頃の尊は、きちんと食事をとっているのに常に顔色が悪く、生気を感じられなかった。
時間があれば練習場に足を向け、遅くなるまで家に帰ってこなかった。
本来、小学生、中学生と言えば友人と交流して思い出を作っていくべき時期だ。
なのに尊はろくに友達を作らず、自分の価値を示すにはそれしかないと言わんばかりに、ピアノや勉強に打ち込んだ。
常に成績優秀でなければ母に叱責されるから、自分の身を守るために人生を削っていたのだ。
その証拠に、数え切れないほどの賞やトロフィーをもらっても、尊はまったく嬉しそうな顔をしなかった。
「……当時の俺は尊の力になれませんでした。仲良くたいと思っても、お母さんが止めたでしょうし、少しでも尊に憎悪が向くのを避けたかった。……だから〝空気〟でいる事に徹したんです」
俺は自分の罪を自覚し、今こそ償うべき時だと覚悟して告げる。
「俺はお母さんの家族ですが、尊の家族でもあります。誰も頼る人がおらず、心を殺して生きてきた尊が、今やっと人間らしく生きようとしています。たとえお母さんが逮捕され、起訴されるとしても、俺は兄として尊に人間らしい幸せを味わってほしいと思い、その背中を押したいと思っています。どちらをとるか、ではありません。悪い事をした人は罰を受ける。それは法律の問題であり、家族としての情があるかどうかではないんです。……むしろ家族の情があるから、時として耳に痛い事を言うものだと思いませんか? どうでもいい人にわざわざ時間を使って、こんな事を言いません」
母はしばらく黙ったあと、項垂れて「……そうね」と同意した。
「……お母さんだってつらかったのは分かります。でも、お母さん一人だけがつらかった訳じゃない事は理解してください。憎い相手と思っている人にも人生があり、事情があると思わなければ、〝自分さえ良ければいい〟というモンスターになってしまいます。……俺はお母さんに、そうなってほしくありません」
「……あなたの言いたい事は分かったわ」
母は力なく返事をし、これ以上何かを言ったとしても、必要以上に母を責めてしまうと思い、今日はこれで切り上げる事にした。
「また来ます。今日が一回目になってしまった事は許してください。……俺も気持ちの整理が必要だったんです。……そのうち尊も来るかと思いますが、冷静に話をしてください」
「善処するわ」
そう言った母は疲れたように溜め息をつき、立ちあがると職員に「終わりました」と告げた。
俺もパイプ椅子から立ちあがり、面会室をあとにした。