部長と私の秘め事

継兄の胸中

 帰路、俺は昔の事を思いだしていた。

 幼稚園から小学生低学年ぐらいまで、母は友達に自慢したくなるような自慢の母だった。

 実家は金沢にある老舗旅館で、旧家の國見家。

 何回も金沢にある祖父母の家に連れて行ってもらい、手放しに可愛がってもらった。

 旅館は品のある落ち着いた佇まいで、高級路線で売り出しているが、サービスの良さから評判がいい。

 その他にも國見グループは全国各地に温泉旅館の支店を持っていて、温泉好きなら知らない人はいない企業だ。

 けれどある時から、母は神経質な一面を見せるようになった。

 書類を見て表情を険しくしていたのは、今思えば興信所に依頼してさゆりさんの事を調べさせての結果を見ていたのだろう。

 父は俺にとって、社会的地位はあるが、父親としては可も無く不可もなくという感じの人だった。

 仕事が忙しいのもあって、あまり在宅時間は長くなく、帰宅した時は美味しいお菓子などのお土産をくれた。

 でも幼稚園や学校で何があったかという話は、あまり真剣に聞いてくれなかった。

 大企業の社長ともなれば多忙を極め、息子が友人とどうしたという些細な話に興味を持てないのは分かる。

 けれど授業参観や学習発表会に来てほしいという願いが叶ったのは、数えるほどしかなかった。

『風磨の家は大企業で凄いな。お父さん、篠宮ホールディングスの社長さんなんだって? すっげー!』

 友人にはそうやって羨ましがられたが、俺にしてみれば、長期休みに家族で思い出を作っている友人のほうがずっと羨ましかった。

 いつだったか、母が手紙を読んで表情を険しくさせていた事があった。

 今までにない鬼気迫る表情だったので、いけない事と思いながら、母が不在の時に部屋に入ってみれば、本棚の間に〝速水さゆり〟の手紙が挟まっていた。

 その時は子供だったから、難しい漢字や内容をあまりよく理解できなかったが、さゆりさんが母に対して平謝りし【亘さんには、二度と家に来ないようお伝えします】と書いてあったのが印象的だった。

 多分だが、父がさゆりさんとまだ関係を持っていると知った母が、彼女に手紙を出したのだと思っている。

 さゆりさんは望んでいなくても、父は彼女を訪ねた。

 父が熱烈にさゆりさんを愛していたなら、尊を生んでしまった以上、対面で強く拒否するのは難しかったのかもしれない。

 もしもさゆりさんが父を本気で嫌ってストーカー扱いしていたなら、警察に訴えるという手段もあっただろう。

 でもそうしなかったのは、さゆりさんにもまだ少しは父を想う気持ちがあったからかもしれない。

 父が浮気をしていると知って、当然俺は嫌な気持ちになった。

 ――お母さんと俺がいるのに、どうして。

 裏切られた気持ちになり、なのに家に帰れば普段通り振る舞っている父が、とても気持ち悪く感じた。

 だからその時は『ずっと母の味方でいよう』と思ったし、その当時は浮気相手が父をたぶらかしているのだと思っていた。

 手紙には息子がいる事も書いてあって【一人で育てていきます】とあった。

 その時の俺は、会った事もない継弟を〝母を苦しめる存在〟として憎んでいた。

 でも十五歳の時、母と妹を亡くした尊が、魂が抜けたような表情で父に連れられ、うちに来た時はどうしたらいいか分からなかった。

 ずっと父の浮気相手や尊を憎んできたはずなのに、彼は十歳にしてすべてを喪ったのだ。

 尊の事を憎んでいたはずなのに、ごっそりと表情を失った彼を見て『何とかしなくては』という気持ちに駆られた。

『よろしく』と握手の手を差しだしたが、尊はそれが見えていないように、うつろな目をして黙ったままだった。

 篠宮家で生活するようになってから数か月の間、尊はたびたび黙っていなくなった。

 報告を聞いた父が探させたところ、尊はさゆりさんや妹と暮らしていたマンションの前で座り込んでいたそうだ。

 何回もそのような事が起こり、母がキレた。

『鍵を持っていないあなたが家を抜け出すたびに、うちはいつ空き巣に入られるか分からない危険に晒されている事を分かっているの!?』

 そう言われ、尊は『すみませんでした』と言い、家から抜け出さなくなった。

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