部長と私の秘め事
けれど学校を休んではマンションに行く事があり、とうとう父はマンションを解約し、さゆりさんに買い与えたグランドピアノを、防音の効いた別の場所に移した。
そして心が空っぽになった尊に『ピアノをやらないか?』と言い、習わせ始めた。
篠宮家にもグランドピアノがあり、俺も一応教室に通っていた。
当時はヴァイオリンや水泳、書道など、様々な習い事で多忙な日々を送っていた。
けれど俺は自宅でピアノの練習をするのは許されているのに、母は父に『あの子にうちのピアノを触らせないでちょうだい』と言い、尊が自宅のピアノに触れる事はなかった。
食事も、最初は母がお手伝いさんに『食事はあの子の部屋に運んでちょうだい』と言ったが、そこだけは父が譲らず『食事は家族全員でとるものだ』と言った。
けれど父も多忙な人なので、毎晩家で食事をする訳ではない。
三人で食事をする時は通夜のように静かで、俺はその頃から神経性の腹痛持ちになった。
次第に尊のほうから『今日は部屋で食べます』と遠慮し、父がいない時は部屋で食事をとるのが当たり前になっていた。
最初は尊を憎んでいたはずだった。
でも母が想像以上の憎悪を尊に向けるのを目の当たりにして、自分の中にあった怒りはどこかへ消えてしまった。
同時に湧き起こったのは、母がヒステリックに怒るたびに『この空気を何とかしなければならない』という焦りだ。
母は何かがあれば尊に文句をつけ、何もなくても文句を言う。
大好きな母が憎悪に表情を歪ませ、耳障りな声を放つのを聞きたくない俺は、学校にいる間から話題をいくつか考えて用意し、母の怒りが爆発した時に、さり気なく話を逸らしていた。
本来なら母の怒りを受け止めるのは父なのに、あの人は『仕事が忙しい』を理由に、尊を引き取ったくせに父親らしい事をほとんどしなかった。
住む家、服、金、ピアノ、教育、そのようなものは惜しみなく与えたが、十歳の尊が頼りにできる人は誰一人としていなかった。
だからせめて俺は〝兄〟として優しくしてあげたいと思った。
本当は尊を憎んでいたはずだったが、その時点で、さゆりさんがたぶらかしたのか、父が押しかけたのかは分からないが、俺たちを裏切った父が悪い事は変わりないと理解した。
そして浮気相手の子供であっても、母と妹を喪ってショック状態にあり、生きるので精一杯な尊に、鞭打つように怒鳴りつけ、いびる母も間違えていると思った。
母の気持ちは分かる。でもやりすぎだ。
母が尊を思うままに怒鳴りつけたあと、一瞬見せる『あぁ、スカッとした』というような、嬉しそうな表情を見るのが堪らなく嫌だった。
さゆりさんが父の子供を産んだのは事実だが、父を受け入れたにしても、父に襲われたにしても、女性が男性を無理矢理襲って子供を作るという事は、ゼロではないにしろ、ほぼあり得ない。
だから彼女に尊と妹を産ませたのは、父の意思だ。
外で女性と関係して子供を作っておいて、尊を快く思わない母と俺がいると分かっておきながら、篠宮家へ迎える無神経さにも腹が立った。
十分な経済力があるのに施設に送るのは違うし、引き取っただけまだマシだ。
でも、この状況が尊にとって〝幸せ〟であるとは思えなかった。
彼が一人の時に話しかけ、当時流行っていたアニメやゲームの話題を振ったが、尊はそういうものに触れていなかったのか、興味を持つ心の余裕もなかったのか、話が弾む事はなかった。
でも『お母さんがごめんな』と謝る事もできず、俺は傍から見れば道化のように、意味があるのか分からない話を尊に振り、ろくな反応を得られずに空回っていた。
尊を見ていると、母親と妹を喪った事実をまだ受け入れられずにいるのに、継母に怒鳴り散らされる毎日を送り、心ここにあらずという感じだった。
寝て起きて食事をして学校に通っているが、生きているという感じがしない。
篠宮家の息子たるもの、名門と言われる私立学校に通わなければならない。
そう思った父は名門私立大学付属小学校で、丁度欠員のあった学校の試験を尊に受けさせた。
尊は無事合格してそこに通っているが、友達がいるという話も聞いていない。
複雑な気持ちはあれど、『俺が味方になってあげないと、尊は一人だ』と思ったから、『勉強はついていけているか?』とか『いじめられていないか?』と声を掛けたが、尊から帰ってくるのは『うん』とか『いや』とか、その程度の言葉だった。
けれど尊に話しかけると、母が烈火の如く怒った。
『風磨! そんな子に話しかけるんじゃありません! 卑しさがうつるわ!』
――病気じゃないんだし、そんなものうつるわけがない。
心の中で反論したが、今の母に何を言っても火に油を注ぐだけだと分かっていた。
だから尊に話しかけるのは母がいない時にした。
けれど尊なりに思うところがあったのか、『無理に話しかけなくていいよ』と言われてしまった。
俺の身を案じてなのか、俺を疎んでなのかは分からない。
でも俺も、自分が一人で空回っている自覚はあった。
そこで尊にそう言われ、――何かがぷつりと切れてしまった。
(お節介を焼くだけ迷惑なのかもしれない)
そう思うと、何をやっても悪い結果になるようにしか思えず、継弟との絆を深める事に消極的になってしまった。
そして心が空っぽになった尊に『ピアノをやらないか?』と言い、習わせ始めた。
篠宮家にもグランドピアノがあり、俺も一応教室に通っていた。
当時はヴァイオリンや水泳、書道など、様々な習い事で多忙な日々を送っていた。
けれど俺は自宅でピアノの練習をするのは許されているのに、母は父に『あの子にうちのピアノを触らせないでちょうだい』と言い、尊が自宅のピアノに触れる事はなかった。
食事も、最初は母がお手伝いさんに『食事はあの子の部屋に運んでちょうだい』と言ったが、そこだけは父が譲らず『食事は家族全員でとるものだ』と言った。
けれど父も多忙な人なので、毎晩家で食事をする訳ではない。
三人で食事をする時は通夜のように静かで、俺はその頃から神経性の腹痛持ちになった。
次第に尊のほうから『今日は部屋で食べます』と遠慮し、父がいない時は部屋で食事をとるのが当たり前になっていた。
最初は尊を憎んでいたはずだった。
でも母が想像以上の憎悪を尊に向けるのを目の当たりにして、自分の中にあった怒りはどこかへ消えてしまった。
同時に湧き起こったのは、母がヒステリックに怒るたびに『この空気を何とかしなければならない』という焦りだ。
母は何かがあれば尊に文句をつけ、何もなくても文句を言う。
大好きな母が憎悪に表情を歪ませ、耳障りな声を放つのを聞きたくない俺は、学校にいる間から話題をいくつか考えて用意し、母の怒りが爆発した時に、さり気なく話を逸らしていた。
本来なら母の怒りを受け止めるのは父なのに、あの人は『仕事が忙しい』を理由に、尊を引き取ったくせに父親らしい事をほとんどしなかった。
住む家、服、金、ピアノ、教育、そのようなものは惜しみなく与えたが、十歳の尊が頼りにできる人は誰一人としていなかった。
だからせめて俺は〝兄〟として優しくしてあげたいと思った。
本当は尊を憎んでいたはずだったが、その時点で、さゆりさんがたぶらかしたのか、父が押しかけたのかは分からないが、俺たちを裏切った父が悪い事は変わりないと理解した。
そして浮気相手の子供であっても、母と妹を喪ってショック状態にあり、生きるので精一杯な尊に、鞭打つように怒鳴りつけ、いびる母も間違えていると思った。
母の気持ちは分かる。でもやりすぎだ。
母が尊を思うままに怒鳴りつけたあと、一瞬見せる『あぁ、スカッとした』というような、嬉しそうな表情を見るのが堪らなく嫌だった。
さゆりさんが父の子供を産んだのは事実だが、父を受け入れたにしても、父に襲われたにしても、女性が男性を無理矢理襲って子供を作るという事は、ゼロではないにしろ、ほぼあり得ない。
だから彼女に尊と妹を産ませたのは、父の意思だ。
外で女性と関係して子供を作っておいて、尊を快く思わない母と俺がいると分かっておきながら、篠宮家へ迎える無神経さにも腹が立った。
十分な経済力があるのに施設に送るのは違うし、引き取っただけまだマシだ。
でも、この状況が尊にとって〝幸せ〟であるとは思えなかった。
彼が一人の時に話しかけ、当時流行っていたアニメやゲームの話題を振ったが、尊はそういうものに触れていなかったのか、興味を持つ心の余裕もなかったのか、話が弾む事はなかった。
でも『お母さんがごめんな』と謝る事もできず、俺は傍から見れば道化のように、意味があるのか分からない話を尊に振り、ろくな反応を得られずに空回っていた。
尊を見ていると、母親と妹を喪った事実をまだ受け入れられずにいるのに、継母に怒鳴り散らされる毎日を送り、心ここにあらずという感じだった。
寝て起きて食事をして学校に通っているが、生きているという感じがしない。
篠宮家の息子たるもの、名門と言われる私立学校に通わなければならない。
そう思った父は名門私立大学付属小学校で、丁度欠員のあった学校の試験を尊に受けさせた。
尊は無事合格してそこに通っているが、友達がいるという話も聞いていない。
複雑な気持ちはあれど、『俺が味方になってあげないと、尊は一人だ』と思ったから、『勉強はついていけているか?』とか『いじめられていないか?』と声を掛けたが、尊から帰ってくるのは『うん』とか『いや』とか、その程度の言葉だった。
けれど尊に話しかけると、母が烈火の如く怒った。
『風磨! そんな子に話しかけるんじゃありません! 卑しさがうつるわ!』
――病気じゃないんだし、そんなものうつるわけがない。
心の中で反論したが、今の母に何を言っても火に油を注ぐだけだと分かっていた。
だから尊に話しかけるのは母がいない時にした。
けれど尊なりに思うところがあったのか、『無理に話しかけなくていいよ』と言われてしまった。
俺の身を案じてなのか、俺を疎んでなのかは分からない。
でも俺も、自分が一人で空回っている自覚はあった。
そこで尊にそう言われ、――何かがぷつりと切れてしまった。
(お節介を焼くだけ迷惑なのかもしれない)
そう思うと、何をやっても悪い結果になるようにしか思えず、継弟との絆を深める事に消極的になってしまった。