部長と私の秘め事
風磨とエミリ
『……上手く言えないんですけど、〝この人、こう言ったら喜ぶだろうな〟って思いながらセリフを選んでいるように思えます。笑顔も楽しくて笑ってるんじゃなくて、〝ここでこう笑ったら、この人は魅力的に感じるだろうな〟って計算して笑ってるみたいに感じたんです』
俺は初対面の彼女に核心を突かれ、放心した。
――なんでこの女性は、会ったばかりなのに俺を理解しているんだろう。
全身に鳥肌が立ち、味わった事のない感覚を得たそれは、――多分一目惚れだったと思う。
『私はこれから、副社長の秘書として働いていきます。阿吽の呼吸でサポートしていかなければなりませんから、私にまで〝演技〟をしてほしくないんです』
俺をまっすぐ見て言ったエミリの表情には、一切の〝媚び〟がない。
今まで出会ってきた女性は、俺が篠宮ホールディングスの御曹司だと知ると、気に入ってもらおうと必死になった。
まさに、あなた色に染まります、という女性を大勢見てきたから、エミリのようにまず本質を見抜き、仕事の邪魔だからやめてほしいと言ってくる人は初めてだった。
そして直感する。
――この女性を手放したら駄目だ。
『あの……っ』
『……はい? 失礼だったら申し訳ございません』
『そうじゃなくて! ……つ、付き合いませんか?』
『はい?』
エミリは本日二度目の『はい?』を口にし、しばし固まる。
そのあと乙女らしく照れるなどなく、『冷めちゃう』と言って次の肉を口にした。
(食べるんかい!)
俺はらしくもなく突っ込み、気がつけば何をするにも予想外なエミリに夢中になっていた。
彼女は次の肉もしっかり噛み、嚥下してからようやく答えた。
『副社長ならよりどりみどりでしょう。私を彼女にするメリットがありません。あと、経理部長が面倒臭そうなので、お断りします』
――フラれた!!
生まれて初めて、秒でフラれた俺は、初めて尽くしで情緒が追い付いていない。
『だ……っ、ちょ、待って? もう少し考えよう?』
『考える間もないって事です。一見、副社長の彼女なんて言われたら、物凄い玉の輿でしょうけど、実際は面倒な事のほうが多そうです。それに、私はフツーの一般家庭で生まれた、毒親育ちなので、付き合ってもいい結果にはなりませんよ』
彼女の家庭環境を聞き、俺は思わず苦笑いした。
『俺も似たようなものだよ。周りからは〝恵まれてる〟って言われるけど、母はあの通りだし、父は……、尊敬できない人だ。俺にとって二人は毒親ではないかもしれないけど、直接俺を害さなくても、毒になる場合はあるんだ』
『そういう事もありますよね』
エミリはサラッと言い、人参のグラッセを食べて『おいふぃ』と頬に手をやる。
明らかに、目の前の会話より食だ。
そんな反応が新鮮で堪らない。
デザートを食べ終えたあと、ようやくエミリはまじめに話してくれた。
『……私、もう他人に期待するのはやめたんです。救いを求めても誰も助けてくれない。自分を救えるのは自分だけ。人は裏切るけど、お金は裏切らない。そうやって、ドライに生きていくって決めたんです。……副社長はそっけない私を珍しいって思ってるんでしょうけど、一過性のものですよ。世の中もっと素敵な女性は大勢いますし、私みたいな〝ハズレ〟を引かないほうがいいです』
彼女が自分を卑下したのを聞いて、心がざわついた。
波立つ心の水面に、ボロボロに傷付いた尊が映る。
『駄目だ!』
俺は思わず声を荒げ、エミリの手を掴んでいた。
『……へ……?』
驚いた彼女は目を丸くし、素の表情で俺を見る。
そんな彼女に、俺はまくし立てるように言った。
『君は〝ハズレ〟なんかじゃない。自分の事をそう言ったら駄目だ。君は美人だし、篠宮ホールディングスに入社する頭脳がある。自慢するようだけど、うちの会社はブランド企業だ。そこで副社長秘書に抜擢された自分をもっと誇ってほしい』
エミリは呆気にとられた表情をしていたが、まだ何か言いそうな気配があったので、先手を打っておく。
「容姿や頭脳、いい会社に入っているだけが君の魅力じゃない。また自慢みたいな話だが、俺は今まで篠宮家の御曹司だからと、そこそこチヤホヤされた人生を送ってきた。その中で『篠宮家の御曹司と繋がっていれば、甘い汁を吸える』という人は大勢見てきた。……でも丸木さんは、そんなものどうでもいいという態度をとって、俺が人に合わせて演技し続けてきた事を一目で見破り、業務に差し支えが出るから自分の前では素でいてほしいと言ってくれた。……あっ、決して『この俺に認められたから凄いと思え』とか、そういうのじゃなくて……」
勘違いされそうな事を口走ったと自覚した俺は、慌ててフォローする。