部長と私の秘め事
『急に距離が近くなりましたね。……別にいいですけど』

『俺の事は風磨って呼んで』

『まだ恋人じゃないんですから、篠宮さんで』

『うん……、まぁ、今は仕方ないか』

『結構メンタルが鉄ですね』

 こうやって女性とポンポン言い合う事もなかったので、何だか急に楽しくなってくる。

 だから余計に、エミリは特別だと思えた。

『エミリが自分を〝オススメ〟しない理由は、ご家族の事が理由? まぁ、うちの母を面倒臭そうと思うのは仕方ないけど』

『……そうですね。……暗い話になってしまうんですが、学生時代から彼氏ができて親に知られたら、すっごい責められたんですよ。〝ガキのくせに色気づいて〟とか、彼氏の事も〝ろくな教育を受けていないに決まっている〟とか。……見つからないように付き合っていましたけど、運悪くどこかで親と遭遇してしまったあとは、百パーセント別れましたね。彼氏が根を上げたとかじゃなく、うちの親が相手の家に殴り込みをかけて責め立てるんです。……それで、もうこれ以上迷惑をかけられないと思って、私から別れを切り出しました』

 思っていた以上のエピソードを聞き、俺は閉口する。

 けれどうちの母の尊への態度も、似たり寄ったりだ。

 母は俺が付き合う女性については、そううるさく言わないけれど、『しょせん結婚前の遊び』と思われている。

 事ある毎に、『結婚相手は、お母さんがしっかりとしたお相手を見つけますからね』と言っていたのは、母なりに『本気になるな』と釘を刺しての事だろう。

(でも、結婚相手ぐらい自分で見つける。俺は親にすべてを決めてもらわなきゃ生きていけない子供じゃない)

 心の中で呟いたあと、俺はニコッとエミリに笑いかけた。

『多分それ、全然堪えられると思う。うちの母も似たような感じで、耐性はあるんだ』

『それって、篠宮さんのお母さんにご挨拶したら、私が同じ目に遭うやつですよね』

『まぁ、そうだね。でも俺は乗り越えられる試練だと思ってる。エミリと結婚したい気持ちは誰にも止められないよ』

『ちょっと待って、ちょっと待ってください』

 エミリは俺に向かって掌を向け、不審そうに表情を歪める。

『さっき、告白したばかりなのに、なに結婚するつもりでいるんですか? 気持ち悪い』

『ごめん、一人で盛り上がっちゃった。でもそれぐらい決意は固いっていう事で』

 悪びれもせず返事をすると、エミリはとうとうテーブルに両肘をつき、『っっはー……』と大きな溜め息をついて項垂れた。

『…………お一人様ライフを楽しんでいたのに、厄介なのに捕まった…………』

『あははっ、ごめんね』

 俺はこんなに明るく笑うキャラじゃなかったのに、エミリと一緒にいると次々に新しい自分が顔を出す。

 エミリに本性を見破られたからか、〝みんなから好かれる篠宮風磨〟を演じる必要もなく、素でいられる。

 それがとても楽だったし、長年の付き合いがある同性の友達を前にした時でも、こんなふうに振る舞う事はなかった。

『……篠宮さんって、休日何やってるんですか?』

『あー……、基本、インドアかな。プラモデルを作るのが好きで、あとは配信で映画を見たり……。あっ、体型維持のためにジムは行ってる。エミリは?』

『私は車ぶっ飛ばしてキャンプしたり、サイクリングしたり、アスレチック系の施設が行ったら一人ででも楽しんでますね。あと、公園にでっかい滑り台あったら、必ず滑ります』

『強い……』

『お一人様上等ですよ。何ならカウンター寿司もフレンチも焼き肉もラーメンも、一人で行ってます』

『同行させて』

『えぇー……。一人は一人でメリットもあるんですよ。お高級な味をじっくり味わえるとか。ホラ、人といるとお喋りメインになるから、せっかくの料理も味わえないですし』

『確かにそれは一理あるね。……なら、エミリの一人時間も大切にするから、二人での時間も楽しんでいこう』

『凝りませんね……』

 エミリは疲れたように溜め息をついたが、少しずつ俺とのやり取りに慣れてきてくれているようだった。

『でも私たち、趣味が正反対ですね』

 そう言われ、俺はギクッとして早口に言う。

『別に趣味が同じじゃなくても、結婚に支障はきたさないと思うんだ。大事なのは〝何が好きか〟より、〝何が嫌いか〟の価値観が揃っていたほうが、相手の地雷を踏む事がないと思う』

『あー……、それは一理ありますね。……でも、同じ趣味があると、共通点が増えて仲間意識が高まると思いますけど』

『う……。……べ、別に俺は外が嫌いって訳じゃないから、エミリが望むならアウトドアなデートも全然OKだよ』

『あははっ、無理しちゃって』

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