部長と私の秘め事
『え?』

 エミリは、何を言われたのだか分からないという顔で聞き返す。

『俺、今日エミリに何もいい所を見せられてない。高い所で怖がって悲鳴を上げて、脚なんて震えてるし、今なんて転んだし。……君に結婚してもらいたいって思ってるのに、こんな頼りない姿を見せて……』

 そこまで言って、あろう事か涙が滲んだ。

 脳裏に母の表情、声が蘇る。

〝こんな事もできないの? 篠宮家にいる資格はないわね〟

 それは尊に向けられた言葉なのに、俺の心にも深く刺さっていた。

 ――期待に応えられないのが、一番怖い。

 ――『そんな人だと思わなかった』と見放されて、軽蔑されるのが怖い。

 唇を震わせてエミリを見つめる俺の目から、ツ……、と涙が流れていく。

 初回のデートでいきなり泣くなんて最悪だ。

 絶対フラれるに決まっている。

 エミリは少し沈黙したあと、俺に近寄り両手で頬を包む――、と思いきや、バンッと叩いた。

『痛いっ!』

 驚いて目を丸くすると、彼女は呆れたように言った。

『叩いたんだから、痛いのは当たり前。地上十メートルの高さにいたら、誰だって怖いでしょ。スリルがなかったらアスレチックの意味がないんだから。それに体操選手じゃないんだから、ジップラインから華麗に着地するのも無理』

 真顔で言ったあと、エミリは優しく笑う。

『私、最初に〝演技をしないで〟って言ったわよね? あれは仕事上での事だけど、付き合いたいと思うなら、当然プライベートでもよ。私は弱点のないスーパーマンとなんか結婚したくないの。私は人を好きになりたい。自分に欠点があると分かっているから、相手にも完璧なんて求めないわ。……あなたは立場上、大勢の人に期待されただろうけど、私の事を好きになったなら、私の前でぐらい素を見せてよ。……格好悪くたっていいじゃない。こんな篠宮風磨を知ってるのが私だけって思えるの、素敵だわ』

 グスッと洟を啜って涙を拭うと、彼女はポケットからティッシュを出して差しだしてきた。

『男の子でも泣いていいけど、みんなが見ている前は推奨しないわ。私が泣かせたみたいじゃない』

 カラリと笑って言う彼女を見て、心底好きだと思った。

『……君みたいな女性、初めてだ』

 洟をかんでから言うと、エミリは『ありがとう』と笑う。

『でもいつか、私を深く知るたびに〝面倒臭い〟って思うはずだわ』

『そんな事はない。誓って言える』

 キッパリと言い切ると、エミリは一瞬、諦めたような寂しそうな笑みを浮かべてから、俺の手を引っ張った。

『次、行きましょう。楽しまないと! 沢山笑って、沢山怖がって、声を上げるの。ストレス発散になるわ』

『そうだな』

 そのあと、俺たちは昼になるまでアスレチックで遊び、コテージのレストランで地元の野菜をふんだんに使ったランチを食べた。

 そしてセット料金でチケット代が安くなる遊園地へ行き、夕方近くまで遊んだ。

 想像通りエミリは絶叫マシンが好きで、俺は〝面白怖い〟の悲鳴ではなく、マジモンの絶叫を上げて涙目になっていた。

 そんな姿を見せてもエミリは幻滅せず、同じ目線で楽しんでくれる。

 彼女は俺の好きな人だが、年齢は違うはずなのに〝友人〟とも思えた。

 帰りは足湯に入ってから、宇都宮で餃子を食べ、都内へ戻った。

 エミリとのデートは初めて尽くしで、初回のデートで餃子を食べるとは思わなかった。

 勿論、色っぽい展開になんてならなかったけど、相手にいい所を見せようと取り繕って澄ましているよりは、ずっと有意義な時間を過ごせた。

 それにエミリと一緒にいると『いかに自分を男らしく、頼れる人と思ってもらうか』などの見栄を張る必要がなく、等身大の自分でいられる。

 男女としてどうやって深い仲になっていくか考えるより、いかに自分という個人を知ってもらい、エミリを理解するかという考えに切り替わった。

 今まで女性と付き合う時に考えていた事が、エミリには一つも通用しない。

 元カノたちを喜ばせていた手段は、エミリには一切通用しないとも理解した。

 エミリには篠宮ホールディングスに入社し、バリバリ稼いでいるという自負がある。

 そして、身の丈に合わない物は望まない。

 今回のデートでチケット代は予約する時に俺が払ったが、ランチ代は『私が払うわね』とエミリが支払ってくれた。

『一方的に借りを作るのは嫌なの。付き合ったあともなるべく対等でいたいわ』

 そうやって、経済的に頼り切らない所も好ましく思った。

 勿論、エミリを囲って何から何まで買い与えるのは簡単だ。

 でもそんな事をすれば、『私の事をペットだと思ってるの?』と言われかねない。

 良くも悪くも、エミリには気を遣わなくていい。

 逆を言えば、今まで高価な贈り物をして女性の機嫌をとっていた俺からすれば、何をどうすればエミリに好きになってもらえるか分からず、難攻不落の砦にも思えた。

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