部長と私の秘め事
初回のアウトドアデートを終えたあと、次のデートは俺がプランを練り、映画館やプラネタリウム、水族館などのベタなコースになった。
けれどエミリはカップルシートが初めてらしく、楽しそうに過ごしてくれた。
彼女の事が好きだから、『いつキスできるだろう?』という想像はする。
でも真剣になるほど一緒にいられる時間がご褒美に思え、性的な事は重要ではないと感じられた。
勿論、知れば知るほど好きになったから、触れたいし抱き締めて、キスして繋がりたい。
しかしそういう気配を見せれば、エミリはスッと身を引いていなくなってしまいそうな気がした。
だから、男女の関係になる事については『いずれその時がきたら』と、タイミングを待つ事にした。
彼女は俺をグイグイリードしているけれど、きっと心の闇を抱えている。
まだエミリの過去も教えてもらえていないのに、体だけ繋がろうと思うのは駄目だ。
元々俺は性欲がガツガツしているほうではないし、どれだけでも待てると思えた。
だがエミリの側には問題があったようだった。
副社長秘書は、諸岡さんとの二人態勢とはいえ、エミリのミスが目立つようになった。
本人は言い訳をせず『以後気をつけます』と言っているが、しっかり者の彼女らしくないミスばかりだ。
予約していたはずのレストランがキャンセル扱いになっていたり、会議があると聞かされておらず、他部署の社員が慌てて呼びに来て、走って向かった事もあった。
『私がリスニングします』と諸岡さんが言っていたので彼に任せると、どうやら秘書課の女性に付き合っている(正確にはまだ付き合っていない)事がバレ、嫌がらせをされていると聞いた。
――これは副社長として、立場を示さなければならない。
俺が出張ったらエミリへの攻撃が余計に悪くなるとかではなく、会社の役員として、学生気分の抜けていない社員に現実を教えるべきだ。
諸岡さんから事情を聞いた翌日、俺は秘書課へ赴いた。
誰が主犯でやっているかというより、課長もいるのに部下のやっている事を制御できず、他の者も人事などに相談せず放置している。
くだらない私怨で副社長のスケジュールを狂わせ、損失をもたらした事は大きな問題だ。
朝一番に秘書課を訪れた俺は、後ろに諸岡さんとエミリを従え、全員を睥睨する。
『この中に、意図的に丸木さんを陥れ、私の業務を滞らせた者がいる』
そう言った瞬間、何名かの女性が表情を強張らせた。
加わっていないだろう者も、チラッと視線を走らせたので、大体誰が主犯かは分かった。
『気に食わない相手にミスをさせる? それが会社全体の損失に繋がると考えないのか。二度は言わない。次に同様の事が起こったら、誰がやったかを調査して処分する』
最後に全員を一人ずつ見つめ、課長に『部下の教育はしっかりする事』と注意した。
それ以降エミリの〝ミス〟はなくなったが、秘書課の人々との関係は最悪らしい。
『仕事だし、仲良しごっこをしに会社に行っている訳じゃないから』と強がっているが、メンタルが削られているのは明らかだった。
その頃、尊には同僚の恋人ができたらしいが、ほどなくして相手が失踪し、酷く荒れていると聞いた。
家族で食事をした機会に、母が裏で手を回して尊と恋人を引き離したと知ったが、俺にはどうしてやる事もできなかった。
エミリが俺の家に遊びに来た事はあったが、原宿駅のすぐ近くにあるからか、『規格外。落ち着かない』と言っていた。
彼女の家は板橋区赤塚にある1DKで、防犯も考えて最上階の五階に住んでいる。
それでもエミリが一人暮らししていると思うと、不安でならない。
『空き部屋があるから、そこに住まない?』と誘ってみたが、『そういう問題じゃない』らしい。
エミリいわく、『働いて稼いで、家賃を払って自分の城を手に入れた』らしく、やはり愛着があるみたいだ。
だからおうちデートをする時はエミリの部屋に入り浸っていたが、――ある日事件が起こった。
それは、会社での仕事を終えて二人で食事をし、エミリの家まで行った日の事だ。
『なんで……』
エミリはマンションの前で立ち止まり、凍り付く。
エントランスの横には低い塀があり、そこに母親らしき女性が座っていた。
『エミリ! こんな時間までほっつき歩いていたの!?』
凄い剣幕で怒鳴った女性を見た瞬間、母を思いだした。
容姿も何もかも違うのに、本能的に『属性が同じだ』と感じたのだ。
俺はとっさにエミリの前に立ち、盾になる。
『なんなのあなたは! うちの娘に纏わり付かないで!』
チラッとエミリを振り返ると、彼女はいつもの様子が嘘のように、萎縮しきって背中を丸め、震えていた。
けれどエミリはカップルシートが初めてらしく、楽しそうに過ごしてくれた。
彼女の事が好きだから、『いつキスできるだろう?』という想像はする。
でも真剣になるほど一緒にいられる時間がご褒美に思え、性的な事は重要ではないと感じられた。
勿論、知れば知るほど好きになったから、触れたいし抱き締めて、キスして繋がりたい。
しかしそういう気配を見せれば、エミリはスッと身を引いていなくなってしまいそうな気がした。
だから、男女の関係になる事については『いずれその時がきたら』と、タイミングを待つ事にした。
彼女は俺をグイグイリードしているけれど、きっと心の闇を抱えている。
まだエミリの過去も教えてもらえていないのに、体だけ繋がろうと思うのは駄目だ。
元々俺は性欲がガツガツしているほうではないし、どれだけでも待てると思えた。
だがエミリの側には問題があったようだった。
副社長秘書は、諸岡さんとの二人態勢とはいえ、エミリのミスが目立つようになった。
本人は言い訳をせず『以後気をつけます』と言っているが、しっかり者の彼女らしくないミスばかりだ。
予約していたはずのレストランがキャンセル扱いになっていたり、会議があると聞かされておらず、他部署の社員が慌てて呼びに来て、走って向かった事もあった。
『私がリスニングします』と諸岡さんが言っていたので彼に任せると、どうやら秘書課の女性に付き合っている(正確にはまだ付き合っていない)事がバレ、嫌がらせをされていると聞いた。
――これは副社長として、立場を示さなければならない。
俺が出張ったらエミリへの攻撃が余計に悪くなるとかではなく、会社の役員として、学生気分の抜けていない社員に現実を教えるべきだ。
諸岡さんから事情を聞いた翌日、俺は秘書課へ赴いた。
誰が主犯でやっているかというより、課長もいるのに部下のやっている事を制御できず、他の者も人事などに相談せず放置している。
くだらない私怨で副社長のスケジュールを狂わせ、損失をもたらした事は大きな問題だ。
朝一番に秘書課を訪れた俺は、後ろに諸岡さんとエミリを従え、全員を睥睨する。
『この中に、意図的に丸木さんを陥れ、私の業務を滞らせた者がいる』
そう言った瞬間、何名かの女性が表情を強張らせた。
加わっていないだろう者も、チラッと視線を走らせたので、大体誰が主犯かは分かった。
『気に食わない相手にミスをさせる? それが会社全体の損失に繋がると考えないのか。二度は言わない。次に同様の事が起こったら、誰がやったかを調査して処分する』
最後に全員を一人ずつ見つめ、課長に『部下の教育はしっかりする事』と注意した。
それ以降エミリの〝ミス〟はなくなったが、秘書課の人々との関係は最悪らしい。
『仕事だし、仲良しごっこをしに会社に行っている訳じゃないから』と強がっているが、メンタルが削られているのは明らかだった。
その頃、尊には同僚の恋人ができたらしいが、ほどなくして相手が失踪し、酷く荒れていると聞いた。
家族で食事をした機会に、母が裏で手を回して尊と恋人を引き離したと知ったが、俺にはどうしてやる事もできなかった。
エミリが俺の家に遊びに来た事はあったが、原宿駅のすぐ近くにあるからか、『規格外。落ち着かない』と言っていた。
彼女の家は板橋区赤塚にある1DKで、防犯も考えて最上階の五階に住んでいる。
それでもエミリが一人暮らししていると思うと、不安でならない。
『空き部屋があるから、そこに住まない?』と誘ってみたが、『そういう問題じゃない』らしい。
エミリいわく、『働いて稼いで、家賃を払って自分の城を手に入れた』らしく、やはり愛着があるみたいだ。
だからおうちデートをする時はエミリの部屋に入り浸っていたが、――ある日事件が起こった。
それは、会社での仕事を終えて二人で食事をし、エミリの家まで行った日の事だ。
『なんで……』
エミリはマンションの前で立ち止まり、凍り付く。
エントランスの横には低い塀があり、そこに母親らしき女性が座っていた。
『エミリ! こんな時間までほっつき歩いていたの!?』
凄い剣幕で怒鳴った女性を見た瞬間、母を思いだした。
容姿も何もかも違うのに、本能的に『属性が同じだ』と感じたのだ。
俺はとっさにエミリの前に立ち、盾になる。
『なんなのあなたは! うちの娘に纏わり付かないで!』
チラッとエミリを振り返ると、彼女はいつもの様子が嘘のように、萎縮しきって背中を丸め、震えていた。