部長と私の秘め事
元々の住まいは郊外だったけれど、母子家庭になったあとはプライベートなんてない、賃貸の安いマンションになり、一転して港区にあるタワマンに変わった。
安心して学校に通って勉強でき、お金の事を気にせず、友達付き合いができた事には感謝している。
けれど継父は制服姿の私をいやらしい目で見てきて、嫌な予感を抱いていた。
お風呂から上がったタイミングでわざとらしく洗面所を使おうとしたり、下着を入れている引き出しがあさられた形跡もあった。
でもその事を母に相談するなんてできない。
母は新しい夫に捨てられないように必死で、家の中だというのに夫に媚びている。
家事は家政婦さんに任せ、自分は〝友人〟と高価なランチを楽しみ、ブランド物に身を包む。
――母はすっかり変わってしまった。
幸せを得たはずなのに、母はキャバクラに行った継父に文句を言って頬を打たれ、その辺りから家庭内暴力が当たり前に横行して、家は安心できる場所じゃなくなった。
『別れればいいのに』と思っても、母は今の生活を決して手放したくないようだった。
母を庇えば私も打たれ、そのうち母のいない所で壁に押しつけられ、体をまさぐられるようになった。
知らない間にそれを母に知られたらしいが、母は私を守るどころか〝自分から夫を寝取るいやらしい娘〟として敵視しだした。
そのくせ、私がいないと暴力の矛先が自分に向くので、必要な時だけ『エミリちゃん』と私を猫撫で声で呼ぶのだ。
あとから思えば、自分だけターゲットになるのを避けるだけではなく、〝苦境を共に味わう相手〟として依存されていたのかもしれない。
私は〝外〟では〝お金持ちのパパがいる幸せな娘〟を演じ、家の中ではひたすら暴力といやらしい視線とに耐え続けた。
家に帰りたくないのもあり、いい大学に入って高給取りになり、独立するために遅くまで図書館で勉強した。
少しでも継父に性的な目で見られるのを避けるため、私服は徹底的にダサくし、脚を出さず、胸元を強調しないよう努めた。
友人からは『お金あるんだし、もっとお洒落しなよ~』と言われたが、『あまり興味ないんだ』と誤魔化し、読書オタクキャラを貫いた。
大学進学と同時に一人暮らしを始めた時は、ようやく家から脱出できた喜びに満ちあふれていた。
それまで封じていたお洒落も解禁し、特に高価な物は持たないけれど、自分に似合う物を探して低予算で服やメイクを楽しんだ。
彼氏もできたし、すべて順調だったはずなのに、――一人暮らしのマンションに継父が現れた。
結論から言えば、最後まではされなかった。
でも学生の私には頻繁に引っ越しする財力がなく、物件も継父名義。
バイト代で安アパート暮らしするとしても、家賃を稼ぐ事をメインにすれば、勉強不足で望む会社に入れないかもしれない。
だから我慢した。
継父に触れられるたび、どんどん自分が損なわれていく気持ちになった。
どれだけ勉強して周りから〝才色兼備〟と褒めそやされても、中身は薄汚れた売女だ。
安らぎを求めて彼氏を作っても、その年頃の男の子は性欲に溢れている。
拒否感のあまり、ラブホテルに連れ込まれて行為に及ぼうとした時、吐いてしまった事もあった。
勿論、その人とはそれっきりで、以降、合コンなどには消極的になった。
男友達の中には私に好意を抱いてくれている人もいたけれど、まともで素敵な人が、私のような汚れた女の相手になるのは駄目だと思い、徹底的に一線を引き続けた。
大学を卒業して、晴れて篠宮ホールディングスに入社できたあと、初めてのお給料を得たタイミングで継父の物件から引っ越し、祖父母に連帯保証人になってもらった。
祖父母は事情を知らないし、羽振りが良くなった娘から贈り物をしてもらって喜んでいる。
継父も祖父母の前では〝いい夫、いい父親〟を演じているし、真実を伝える事はないと判断した。
祖父母だって義息子を亡くして悲しんだだろうし、私たち母子がどうなるか心配したに決まっている。
やっと今お金持ちの継父と再婚し、幸せな生活を送っているように見えるのなら、わざわざ私からぶち壊しにする事はない。
自分が受けている被害を訴えたい気持ちはあったけれど、優しい祖父母には余生を穏やかに過ごしてほしい。
もしも真実を知る事があるなら、娘の口から聞かされるべきだ。
そう思っていたけれど、万が一の事を考え『理由は言わないけど、お願いだからお母さんたちに私がどこに住んでいるか聞かれても、絶対に答えないで』と土下座して頼んだ。
母は変わってしまったけれど、祖父母は常識人だから、私がそこまで言うには理由があるのだと察したらしく、『絶対に言わないから安心して』と言ってくれた。
安心して学校に通って勉強でき、お金の事を気にせず、友達付き合いができた事には感謝している。
けれど継父は制服姿の私をいやらしい目で見てきて、嫌な予感を抱いていた。
お風呂から上がったタイミングでわざとらしく洗面所を使おうとしたり、下着を入れている引き出しがあさられた形跡もあった。
でもその事を母に相談するなんてできない。
母は新しい夫に捨てられないように必死で、家の中だというのに夫に媚びている。
家事は家政婦さんに任せ、自分は〝友人〟と高価なランチを楽しみ、ブランド物に身を包む。
――母はすっかり変わってしまった。
幸せを得たはずなのに、母はキャバクラに行った継父に文句を言って頬を打たれ、その辺りから家庭内暴力が当たり前に横行して、家は安心できる場所じゃなくなった。
『別れればいいのに』と思っても、母は今の生活を決して手放したくないようだった。
母を庇えば私も打たれ、そのうち母のいない所で壁に押しつけられ、体をまさぐられるようになった。
知らない間にそれを母に知られたらしいが、母は私を守るどころか〝自分から夫を寝取るいやらしい娘〟として敵視しだした。
そのくせ、私がいないと暴力の矛先が自分に向くので、必要な時だけ『エミリちゃん』と私を猫撫で声で呼ぶのだ。
あとから思えば、自分だけターゲットになるのを避けるだけではなく、〝苦境を共に味わう相手〟として依存されていたのかもしれない。
私は〝外〟では〝お金持ちのパパがいる幸せな娘〟を演じ、家の中ではひたすら暴力といやらしい視線とに耐え続けた。
家に帰りたくないのもあり、いい大学に入って高給取りになり、独立するために遅くまで図書館で勉強した。
少しでも継父に性的な目で見られるのを避けるため、私服は徹底的にダサくし、脚を出さず、胸元を強調しないよう努めた。
友人からは『お金あるんだし、もっとお洒落しなよ~』と言われたが、『あまり興味ないんだ』と誤魔化し、読書オタクキャラを貫いた。
大学進学と同時に一人暮らしを始めた時は、ようやく家から脱出できた喜びに満ちあふれていた。
それまで封じていたお洒落も解禁し、特に高価な物は持たないけれど、自分に似合う物を探して低予算で服やメイクを楽しんだ。
彼氏もできたし、すべて順調だったはずなのに、――一人暮らしのマンションに継父が現れた。
結論から言えば、最後まではされなかった。
でも学生の私には頻繁に引っ越しする財力がなく、物件も継父名義。
バイト代で安アパート暮らしするとしても、家賃を稼ぐ事をメインにすれば、勉強不足で望む会社に入れないかもしれない。
だから我慢した。
継父に触れられるたび、どんどん自分が損なわれていく気持ちになった。
どれだけ勉強して周りから〝才色兼備〟と褒めそやされても、中身は薄汚れた売女だ。
安らぎを求めて彼氏を作っても、その年頃の男の子は性欲に溢れている。
拒否感のあまり、ラブホテルに連れ込まれて行為に及ぼうとした時、吐いてしまった事もあった。
勿論、その人とはそれっきりで、以降、合コンなどには消極的になった。
男友達の中には私に好意を抱いてくれている人もいたけれど、まともで素敵な人が、私のような汚れた女の相手になるのは駄目だと思い、徹底的に一線を引き続けた。
大学を卒業して、晴れて篠宮ホールディングスに入社できたあと、初めてのお給料を得たタイミングで継父の物件から引っ越し、祖父母に連帯保証人になってもらった。
祖父母は事情を知らないし、羽振りが良くなった娘から贈り物をしてもらって喜んでいる。
継父も祖父母の前では〝いい夫、いい父親〟を演じているし、真実を伝える事はないと判断した。
祖父母だって義息子を亡くして悲しんだだろうし、私たち母子がどうなるか心配したに決まっている。
やっと今お金持ちの継父と再婚し、幸せな生活を送っているように見えるのなら、わざわざ私からぶち壊しにする事はない。
自分が受けている被害を訴えたい気持ちはあったけれど、優しい祖父母には余生を穏やかに過ごしてほしい。
もしも真実を知る事があるなら、娘の口から聞かされるべきだ。
そう思っていたけれど、万が一の事を考え『理由は言わないけど、お願いだからお母さんたちに私がどこに住んでいるか聞かれても、絶対に答えないで』と土下座して頼んだ。
母は変わってしまったけれど、祖父母は常識人だから、私がそこまで言うには理由があるのだと察したらしく、『絶対に言わないから安心して』と言ってくれた。