部長と私の秘め事
『ここは風磨さんの家なのに、なんであなたがそこまで譲歩するの』

『だって守りたいだろ』

 まっすぐ彼女を見つめて言うと、エミリはみるみる真っ赤になってそっぽを向いた。

『~~~~っ、ふ、風磨さんにメリットがないでしょ! いつ面倒な人が押しかけるか分からないし、一人の自由もなくなるし……っ』

『え? 毎日好きな子の顔が見られるだけで、ご褒美じゃないか。エミリがご両親と会いたくないと言うなら、君と結婚したいと思う男として守りたい。ご両親に何を言われても俺は大丈夫だよ。罵声なら聞き慣れているし、俺だって好きな子と結婚したいと決めた以上、自分たちの生活を守る覚悟はできている』

『…………そんなの…………』

 エミリは毒気を抜かれたような表情で呟き、『ん?』と声を漏らす。

『罵声なら聞き慣れてるって……、風磨さんもご両親に……?』

 気を遣うように尋ねられ、俺は自分の抱えているものも打ち明けるタイミングだと悟った。

『俺自身の事じゃないんだけど……』

 そう前置きして、俺は三歳年下の異母弟の話をした。

 最初は憎んでいたけれど、毎日母が尊をいびり、誰も彼を守らないのを見るうちに、尊が俺をそう思っていなくても、兄として守りたいという感情が芽生えた。

 今はお互い一人暮らしをして実家を出たけれど、尊は母が作った檻から出られず、篠宮ホールディングスで働かされているのに、速水の姓を名乗らされている事も教えた。

『……商品開発部の速水部長……。部長職に就くには若すぎると思っていたけど……』

 エミリは呟き、納得したように頷く。

『急に俺の事まで話してごめんね。今つらいのはエミリなのに』

『……ううん。話してくれてありがとう』

 彼女は静かに溜め息をつき、モクテルを飲む。

 カランと氷の涼やかな音が鳴った時、俺はどうしても伝えたい事を口にした。

『エミリの身に何があっても、俺は君をまっすぐで綺麗な人だと思うし、君みたいに明るくて正直な人に心底憧れている』

『そんな……。私は……』

 俺は首を横に振るエミリの手を、ギュッと握って言う。

『俺は尊の味方になってやれなかった事で、深い罪悪感を抱いている。……これは俺が抱いている心の闇で、エミリにもそういうものがある。人それぞれ、違った地獄を抱えているんだ。みんな、墓場まで持って行きたい秘密があるだろうけど、それだけでその人を汚れているなんて言いたくない。俺はこの世界に過ちを犯した事のない人なんていないと思ってる。肝心なのは自分の闇を認めた上で、どう生きていくかだ』

 エミリの頬に、また新たな涙が伝っていく。

『……エミリは〝自分に欠点があると分かっているから、相手にも完璧なんて求めない〟って言ったよね? 俺も同じだ。エミリにどんな過去があっても嫌いになんてならない。絶対になるもんか。それだったら弟がいびられているのを、見て見ぬ振りした俺だって、一生幸せになる権利なんてない』

『そんな事ない!』

 とっさに声を上げたエミリに、俺は笑いかける。

『……だろ? こんな俺でも幸せになりたいんだ。……それでいいんだよ。エミリにどんな過去があっても、俺が君を好きになった事実は変わらないし、君への想いも変わらない。君がどれだけ自分を嫌っても、俺はその百倍エミリを愛するよ』

『~~~~っ、馬鹿……っ!』

 彼女は拳を握り、トンッと俺の胸板を力なく叩く。

『ずっと……っ、~~~~っ、ずっと一人で生きていくって、覚悟を決めていたのに……っ! 強くなきゃ生きていけないから、誰も好きにならず、弱みも作らないって決めたのに……っ! あなたの事なんて、好きになる予定じゃなかったの……っ!』

 エミリはボロボロと涙を流し、俺の胸板を叩き続ける。

『俺は初めて見た時から、エミリの事を〝可愛いな〟って思ってたよ』

『馬鹿……っ!』

 彼女は絞り出すような声で言ったあと、両手で顔を覆い、背中を丸めて嗚咽した。





 エミリの涙が収まったあと、俺は氷の溶けたモクテルを飲んでから言う。

『俺たちが〝加害者〟と思っている人にも〝事情〟はある。それは目を逸らしてはいけない事実だ。完全な善人がいないように、完全な悪人もいない。……でも、自分の幸せを求める過程で、加害者の事情を汲む必要はない。俺は全力でエミリの味方になるし、君が抱えている闇を晴らすためなら何だってする。……願わくばみんなに祝福されて結婚したいけど、百パーセントそうなれるとは限らないからね。説得は試みるけど、どう頑張っても分かってもらえないなら、今後お会いしない形ででも結婚してみせる。……うちの母も何て言うか分からないけど、負けないよ』

『……おっとりとしたお坊ちゃんだと思っていたのに、意外と頑固なのね』

『よく言われる』

 俺はクスッと笑う。

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