部長と私の秘め事
『ずっと俯いて、耳を塞いで歩いてきた。……でもそんな生き方を続ければ、どれだけ社会的地位があっても、金があっても、自分が自分を誇れないと思ったんだ。情けない事にまだ母に反抗できていないけど、〝その時〟が来たらキッパリと言うよ。いざとなったら俺は母より尊の味方をするし、周りすべてよりエミリを択る。それだけは譲らないでおこうと思ってる。……あとは割と、どうでもいいかな。今就いている副社長の座も、もっと能力のある人がいたら譲ってもいいと思ってるんだ』

『……怜香さんは、風磨さんの事を可愛がっていたんじゃないの?』

 エミリは気遣うように言う。

『愛情はあると信じたいけど、小さい頃を抜かして、ずっと〝尊より風磨のほうが優秀〟っていう褒められ方しかされてないんだ。全然嬉しくない。もっと俺をちゃんと見て愛してくれたなら、違う感情を抱いていたと思うけど、憎しみの塊になった母を見ていると、俺に愛情を注ぐより尊を憎むほうが大事なんだと感じた。尊を貶めるために褒められるぐらいなら、そんな言葉ないほうがマシだよ。……それを見て見ぬ振りをしている父も、まともに俺を褒めた事はないしね。……父は家庭からずっと目を逸らしていて、〝仕事が忙しい〟ですべて片づけようとしている』

 そこまで言ったあと、俺は提案する。

『それはそうと、すぐにでも引っ越しの手配をしたいんだけど大丈夫?』

『あ……、あぁ、はい』

 エミリは虚を突かれたように頷き、『そんなにすぐできるの?』と不安げに尋ねる。

『こういう時こそ、金にものを言わせないと』

 ニッコリ笑うと、彼女は『あはは……』と乾いた笑みを漏らした。

 その後、俺は明日にでも動いてくれる引っ越し業者に連絡をとった。

 費用はどれだけでも払うから、とにかくすぐ引っ越したいと伝えると、幸いにも受け入れてくれる会社があった。

『冷蔵庫とかベッドとかはうちにあるけど、……どうする?』

 エミリに尋ねると、彼女は少し考えてから決断した。

『正直、風磨さんとどんな生活を送っていくのか、まだ想像できてないわ。……必要があればまた一人暮らしに戻れる安心感が欲しいのだけれど……。……せっかく手を差し伸べてくれたのに、失礼な事を言ってごめんなさい』

『ううん、全然気にしてないよ。出会ったばかりと言っていいのに、いきなり告白して結婚したい、同居しようって言い出したのは俺だ。普通の感覚の人なら警戒して当然だよ』

『……理解を示してくれて、ありがとう』

 エミリは安心したように肩の力を抜く。

『じゃあ、明日は洋服とか身の回りの物だけを持ってきて、大きな物は貸倉庫にでも置いておこうか。そっちの費用も払うから安心して』

『……いいの?』

『俺が今一番大切にしたいのは、エミリに安全な環境を整える事だよ。俺と暮らして気持ちが落ち着かないって言うなら、セキュリティが強固な物件を探しておく。家賃は俺が払うから心配しないで。俺はいずれエミリと結婚したいと思っているから、君の望みは何でも叶えたい。一人暮らしに戻るとしても、俺との結婚を検討してくれるなら、離れても構わない。……最終的に別れると言っても、……たとえば解雇するとか、部署を飛ばすとか、今まで使った金を返せとか、そういう最低な事は言わないから安心して』

『……風磨さんばっかり損してるじゃない』

 彼女は不可解そうに言う。

『惚れた弱みだよ。好きな子のためなら、見返りなしになんだってしたい。……勿論、君が見返りをくれるって言うなら、それはそれで嬉しいけど』

『……もう……』

 エミリは呆れたように笑い、俺の手を握ってくる。

『……変な人。……普通ならこんな〝訳アリ女〟避けて通るはずなのに』

『俺たちはたまたまパズルのピースがピッタリ合ったんだよ。だから出会って惹かれ合った。……エミリはもう、俺の事好きだよね?』

 微笑んで尋ねると、彼女は頬を染めてそっぽを向く。

『嫌いだったらこんな状況になってないわ』

『……嫌いじゃない?』

 俺は彼女の顎に手を掛け、ツ……、と親指で唇をなぞる。

 するとエミリは俺を軽く睨み、唇を尖らせて言う。

『…………好き、だけど…………』

『うん』

 望む答えを引き出した俺は、ニッコリ笑う。

『分かってほしいのは、俺は絶対にエミリを害さないって事だ。これから俺はエミリのために色んな事をしていくけど、お礼をしようと思わなくていい。俺は未来の奥さんのために行動しているだけだ。……もし〝ご褒美を与えてもいい〟と思うなら、キスでもしてくれたら十分に幸せだよ』

『条件が良すぎて……』

『自分にはそれだけの価値があるって思ったら? こういう言い方はいやらしいけど、俺がここまで本気になったのはエミリが初めてなんだ。君は俺の事を〝何でも兼ね揃えたイケメン御曹司〟って言うけど、その俺が認め、求めた女性。……なら、凄いと思えない? なかなか自意識過剰な言い方だけど』

 するとエミリはクスッと笑った。

『そうね。……でも嫌じゃないわ。……風磨さんを信じる』

『良かった。ありがとう』

 俺はエミリの額にチュッとキスをしたあと、時計を見てから言った。

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