部長と私の秘め事
『そろそろ寝ようか。さっきの客間、自由に使ってどうぞ』

『ありがとう』

 エミリは微笑み、立ちあがるとリビングダイニングを出て行った。

 俺はグラスを片づけ、照明を落としてから洗面所でうがいをし、ベッドルームへ向かう。

 タオルケットにくるまって目を閉じ、ウトウトし始めた頃だった。

『……起きてる?』

 細い声がし、出入り口のほうを見るとエミリが立っていた。

『起きてるよ』

『……怖いの。……一緒に寝てもいい?』

 エミリのトラウマを十分に理解した俺は、タオルケットを捲り、トントンと隣を叩いた。

『おいで』

『ありがとう』

 彼女は隣に寝転び、安心したように溜め息をつく。

『笑われても仕方ないけど、普段は抱き枕を抱いて寝てるの。名前もつけてるの』

『へえ? なんて?』

『大二郎』

『ぶふっ』

 まさかの篠宮ホールディングスの商品である、お得サイズの焼酎の名前が出てくるとは思わなかった。

『じゃあ、今は俺を大二郎と思ってもいいよ』

『ありがとう。でも側にいてくれると思うだけで安心できるから』

 仰向けになったエミリは、ふー……とゆっくり息を吐く。

『家にいる間は私の安らぎを大切にしてくれると言ってくれたのに、抱きついて変な気持ちを起こさせて、我慢させたら申し訳ないから』

『……いや、それはそれで役得なんだけど……』

『大二郎はそんな事言わない』

『ぶふっ』

 エミリの突っ込みを聞いて俺は噴き出し、彼女も笑う。

『……不思議。風磨さんといると、凄く自然体でいられるの。……風磨さんの名誉のために言うと、あなたの事はちゃんと異性として見ているし、魅力的な人だと思うし、一緒にいるとドキドキする。……でも、今までの下心満載の人と違って、風磨さんが〝約束は守る〟って言ったなら、本当にきちんと線引きしてくれるって信頼できるの』

『それはありがたいな。異性として魅力を感じてくれるのも嬉しいけど、やっぱり性的に見られるかより、人として信頼されるほうが嬉しいから』

 そのほうが、俺という個人を見てくれている事に繋がる。

 今まで周りには俺の顔を見て『格好いい』と言い、社会的地位や篠宮ホールディングスの御曹司という立場だけを見て『抱かれたい』『結婚したい』『子供を産みたい』という女性は大勢いた。

 でも俺から見れば、そういう人たちがどんな愛の言葉を口にしても、似たり寄ったりに思えてしまう。

 だからエミリが『一緒にいても襲われる心配をしなくていい』と言ってくれたのは、最上級の信頼の言葉に思えた。

 アスレチックに行った時もそうだけど、彼女は俺が悲鳴を上げて震える姿を見せても幻滅しなかったし、そもそも〝篠宮風磨〟というブランド男になんの幻想も持っていなかったのが分かる。

 この人を手放しちゃ駄目だと強く思ったし、エミリがトラウマに囚われているなら、全身全霊で助けたいと感じた。

『おやすみ、エミリ。ゆっくり眠ろう』

『ええ、おやすみなさい』





 翌日、俺はエミリを伴って彼女の家へ行き、引っ越しを終えた。

 空っぽになった部屋を見た彼女が、『それなりに思い入れがあったんだけどね』と寂しそうに言っていたのが印象的だった。

 帰りの車の中、俺はエミリの手を握って言う。

『これからは守られた生活になるから、安心していいよ。〝他人〟と暮らす息苦しさはあるかもしれないけど』

『お言葉に甘えさせてもらいます。その代わり、風磨さんと結婚するっていう話をもっと真剣に考えるわ。それがあなたに恩返しできる、一番の方法だと思うから』

『ありがとう。でも結婚を恩返しと思わなくていいよ。俺との関係を真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、交際や結婚は義務ではないから。住まいを提供するのは俺が勝手にやってる事。OK?』

『……うん、OK』

『何か、美味しいランチでも食べようか。引っ越し記念』

『いいわね! お礼にご馳走するわ』

『……そういうトコだよ……』

 全部格好付けさせてくれない彼女のセリフを聞き、俺は破顔した。

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