部長と私の秘め事
その後、エミリとの生活は思っていた以上に上手くいった。
最初の数か月は彼女のプライバシーを守るために注意していたけれど、ある日こう言われた。
『もう私が避難していると思って気遣わなくていいわ。風磨さんと暮らすのにも慣れたし〝同棲〟に切り替えたい』
それは家の中でエミリを、異性として見ていいという合図でもあった。
宣言した彼女は少し照れくさそうだったけれど、ある種の覚悟が決まった顔もしていた。
でも知り合った男とラブホテルに言って吐いた逸話は聞いたし、俺自身も性欲を持て余している訳じゃないから、そういう事についてはゆっくり距離を詰めていきたい。
俺が好きになったのは、エミリの体ではないから。
私――、丸木エミリは、風磨さんと生活し始めて、異様なまでに順応している自分がいるのに気づいた。
最初は彼がどれだけ親切で優しい人であっても、男性だし自分と結婚したいと思っている人だし、いつか生活が破綻するのではと危惧していた。
けれど、彼はいい意味で予想外だったのだ。
久し振りに母と会って動揺した夜、風磨さんは私を自分の家に連れ帰って話を聞いてくれ、自分が抱えている闇も打ち明けてくれた。
その夜は絶対に両親が来られない場所だし、安眠できるかと思った。
ホテルみたいに綺麗な場所だし、きっと旅行に来たと思って眠れる。
そう思っていたけれど、ショックが大きくて、母になじられた記憶、継父に慰み者にされた記憶が蘇り、平常心でいられなくなった。
呼吸が乱れ、全身が震え、考えないように努めるほど、せせら笑うように二人の顔が脳裏に蘇る。
――これは違う刺激を与えないと。
そう思った私は、風磨さんを利用するようで申し訳なく思いながら、彼のベッドルームを訪れた。
女性から男性の寝室に行けば、勘違いされてもおかしくない。
だから、彼の所へ行くのはある種の賭けでもあった。
けれど風磨さんは冗談で私の気持ちを和ませてくれ、自分で言うのもなんだけど、隣に好きな女性がいるというのに、本当に手出ししてこなかった。
それでも緊張して横になっていると、隣から静かな寝息が聞こえてきた。
――寝た!?
――隣に私がいるのに……、寝た!?
安心すべきなのに、『私ってそんなに魅力がないのかな』と不安に思ってしまった。
呆気にとられた私は、しばらく風磨さんの寝息を聞き、ゴロリと横を向いて彼を見つめる。
狸寝入りしているなら、私が自分のほうを見ていると分かるはずだ。
でもそれからしばらく経っても、彼は健やかな寝息を立てたままだった。
(……変なの)
あれだけ私の事を好きと言って、びっくりするほど急速に距離を詰めてきたのに、肝心な時に手を出さない。
それが風磨さんの〝本気〟なのだろうけど、今まで私が見てきた〝男性〟は、こんな状況になれば、迷わず襲ってくる人たちばかりだったから、本当に意外だった。
(……安心して寝て……、いいのかな……)
念のため、ちょっと風磨さんに触れてみたけど、彼は本当に寝ていた。
(……おかしな人……)
いまだに信じられないけれど、風磨さんが寝ているのは事実だ。
そのあと、気が抜けたからか、緊張の糸がプツリと切れてしまった私も、いつの間にか寝てしまっていた。
その後も風磨さんとの〝同居〟生活は続き、最初は勿論彼を意識したし、緊張した。
風磨さんの家には、バス、洗面、トイレが二つずつあり、彼は最初に言った通り、私用に割り当てた所には決して入らなかった。
家に通っている家政婦さんが掃除に入る事はあるけれど、それ以外では完全にプライバシーが守られた。
会話をしたい時はリビングダイニングでする事になっていて、お互い私室にいる時は、よほどの事でない限り声を掛けないようにしている。
そうやって一週間ぐらい経ったけれど、風磨さんは生活音――ドアを閉める時の音や、足音なども静かだし、引き出しもちゃんと閉じるし、衣服を脱ぎっぱなしにしないと分かった。
ちょっとした事の積み重ねでストレスが溜まるので、意外と大事なポイントだ。
加えて風磨さんは私室を出た正面の壁とエントランスホールに、ホワイトボードをとりつけた。
帰宅したか、今どこで何をしているか、カラーマグネットを置く事で分かるようにしてくれたのだ。
お洒落な豪邸なのに、生活感溢れる物を置かせてしまったという罪悪感はある。
でもとても広い家だし、お互いのプライバシーを守るためにも、そうしてくれたのはありがたかった。
そうやって風磨さんが歩み寄ってくれたから、自分に想いを寄せている人と同居しているのに、変に身構える事なくリラックスして過ごせるようになった。
一か月も経つ頃にはすっかり彼の家に馴染み、風磨さんと結婚してもこのような穏やかな生活が送れるなら、アリだと思えた。
最初の数か月は彼女のプライバシーを守るために注意していたけれど、ある日こう言われた。
『もう私が避難していると思って気遣わなくていいわ。風磨さんと暮らすのにも慣れたし〝同棲〟に切り替えたい』
それは家の中でエミリを、異性として見ていいという合図でもあった。
宣言した彼女は少し照れくさそうだったけれど、ある種の覚悟が決まった顔もしていた。
でも知り合った男とラブホテルに言って吐いた逸話は聞いたし、俺自身も性欲を持て余している訳じゃないから、そういう事についてはゆっくり距離を詰めていきたい。
俺が好きになったのは、エミリの体ではないから。
私――、丸木エミリは、風磨さんと生活し始めて、異様なまでに順応している自分がいるのに気づいた。
最初は彼がどれだけ親切で優しい人であっても、男性だし自分と結婚したいと思っている人だし、いつか生活が破綻するのではと危惧していた。
けれど、彼はいい意味で予想外だったのだ。
久し振りに母と会って動揺した夜、風磨さんは私を自分の家に連れ帰って話を聞いてくれ、自分が抱えている闇も打ち明けてくれた。
その夜は絶対に両親が来られない場所だし、安眠できるかと思った。
ホテルみたいに綺麗な場所だし、きっと旅行に来たと思って眠れる。
そう思っていたけれど、ショックが大きくて、母になじられた記憶、継父に慰み者にされた記憶が蘇り、平常心でいられなくなった。
呼吸が乱れ、全身が震え、考えないように努めるほど、せせら笑うように二人の顔が脳裏に蘇る。
――これは違う刺激を与えないと。
そう思った私は、風磨さんを利用するようで申し訳なく思いながら、彼のベッドルームを訪れた。
女性から男性の寝室に行けば、勘違いされてもおかしくない。
だから、彼の所へ行くのはある種の賭けでもあった。
けれど風磨さんは冗談で私の気持ちを和ませてくれ、自分で言うのもなんだけど、隣に好きな女性がいるというのに、本当に手出ししてこなかった。
それでも緊張して横になっていると、隣から静かな寝息が聞こえてきた。
――寝た!?
――隣に私がいるのに……、寝た!?
安心すべきなのに、『私ってそんなに魅力がないのかな』と不安に思ってしまった。
呆気にとられた私は、しばらく風磨さんの寝息を聞き、ゴロリと横を向いて彼を見つめる。
狸寝入りしているなら、私が自分のほうを見ていると分かるはずだ。
でもそれからしばらく経っても、彼は健やかな寝息を立てたままだった。
(……変なの)
あれだけ私の事を好きと言って、びっくりするほど急速に距離を詰めてきたのに、肝心な時に手を出さない。
それが風磨さんの〝本気〟なのだろうけど、今まで私が見てきた〝男性〟は、こんな状況になれば、迷わず襲ってくる人たちばかりだったから、本当に意外だった。
(……安心して寝て……、いいのかな……)
念のため、ちょっと風磨さんに触れてみたけど、彼は本当に寝ていた。
(……おかしな人……)
いまだに信じられないけれど、風磨さんが寝ているのは事実だ。
そのあと、気が抜けたからか、緊張の糸がプツリと切れてしまった私も、いつの間にか寝てしまっていた。
その後も風磨さんとの〝同居〟生活は続き、最初は勿論彼を意識したし、緊張した。
風磨さんの家には、バス、洗面、トイレが二つずつあり、彼は最初に言った通り、私用に割り当てた所には決して入らなかった。
家に通っている家政婦さんが掃除に入る事はあるけれど、それ以外では完全にプライバシーが守られた。
会話をしたい時はリビングダイニングでする事になっていて、お互い私室にいる時は、よほどの事でない限り声を掛けないようにしている。
そうやって一週間ぐらい経ったけれど、風磨さんは生活音――ドアを閉める時の音や、足音なども静かだし、引き出しもちゃんと閉じるし、衣服を脱ぎっぱなしにしないと分かった。
ちょっとした事の積み重ねでストレスが溜まるので、意外と大事なポイントだ。
加えて風磨さんは私室を出た正面の壁とエントランスホールに、ホワイトボードをとりつけた。
帰宅したか、今どこで何をしているか、カラーマグネットを置く事で分かるようにしてくれたのだ。
お洒落な豪邸なのに、生活感溢れる物を置かせてしまったという罪悪感はある。
でもとても広い家だし、お互いのプライバシーを守るためにも、そうしてくれたのはありがたかった。
そうやって風磨さんが歩み寄ってくれたから、自分に想いを寄せている人と同居しているのに、変に身構える事なくリラックスして過ごせるようになった。
一か月も経つ頃にはすっかり彼の家に馴染み、風磨さんと結婚してもこのような穏やかな生活が送れるなら、アリだと思えた。