部長と私の秘め事
『違うの。風磨さんと結婚する意志がないとかじゃなくて……。……ほら、私ってまだ新卒扱いじゃない。なのに入社した途端、副社長と結婚したなんて言ったら周りからどう思われるか……。〝周りなんて気にするな。大切なのは俺たちの気持ちだ〟って言いたいのは分かる。でも私は自立するために勉強を頑張って篠宮ホールディングスに入ったわ。そこで運良く風磨さんに見初められたからといって、安心安全なルートに入って〝あがり〟になるのは嫌なの』
彼女は眉間に皺を寄せ、絞り出すように言う。
『面倒臭い事を言っているのは承知してる。せっかく風磨さんが覚悟を決めてくれたのに、台無しにするような事を言ってごめんなさい。……今の私はとても恵まれた状況にあるけれど、御曹司に見初められて結婚してハッピーエンドは嫌だわ。……それだと、今まで必死に頑張ってきたものが水泡に帰すような気がする』
エミリの気持ちを理解した俺は、頷いて微笑んだ。
『分かったよ。今すぐ結婚するとは言わない。ご家族との関係にケリをつけたいのも理解したし、自立するためにひたむきに頑張ってきた君が、楽な道を選ぶのをよしとしないのも分かる。……出産時、なるべく危険にならない年齢のうちに子供がほしいし、〝いつまでも待つよ〟とは言わない。でもあと数年待つぐらいなら、全然いいよ』
そう答えると、エミリはフニャッと脱力して声を上げた。
『あぁ……! 良かった……。我が儘を聞いてくれてありがとう』
『むしろ、余計に君を好ましく思ったよ。人って可能なら働きたくないって思うだろうし、楽な道に魅力を感じるじゃないか。でもエミリは自分の人生をとてもまじめに歩んでる。その気持ちを尊重したい』
『ありがとう。風磨さんが恋人で良かった』
最上級の褒め言葉をもらった俺は、『そう思ってもらえて良かった』と照れ笑いを浮かべた。
そのようにして母に快く思われないながらもエミリとの生活を続け、二年が経った。
その間、エミリは両親に隠れて祖父母と養子縁組をすべく、ちょくちょく祖父母の家へ通い、これまで自分の身にあった事を打ち明けた。
祖父母はショックを受けたようだが、エミリは『これは私と継父の問題だから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがあの人と対立する必要はない』と訴えたそうだ。
自分は丸木の遺産を必要とせず、新しい生活の基盤を整えている。
望むのは両親との接触がない生活であり、祖父母と養子縁組をしても特に何を要求するでもなく、強いて言うなら丸木ではない姓がほしいと伝えた。
祖父母の説得は割とすんなり行き、エミリは祖父母の姓の冨永を名乗る事に成功した。
が、会社では丸木エミリとして入社し、周囲に馴染んだので、プライベートを詮索されるのも嫌なので、そのままで通すとの事だった。
弁護士を立てて継父に離縁を申し出た件については想像通りに揉め、その争いは長期化する事になった。
その頃、エミリの実家関連とは別の問題が浮上した。
母が尊とエミリを結婚させると言い出したのだ。
十二月、都内、某フレンチレストランの個室で、俺とエミリは尊と向かい合って座っていた。
俺は三十三歳になり、エミリは二十六歳、尊は三十歳になった。
『こちらが丸木エミリさん。俺の恋人だ。結婚するつもりでいる』
俺が尊にエミリを紹介すると、彼は会釈した。
『速水尊です』
淡々と挨拶した尊に、エミリはニコッと笑いかける。
『エミリでいいですよ、尊さん』
彼女は初手からグイグイいき、案の定、尊は少し戸惑っている。
『……じゃあ、エミリさん』
『尊さんのほうが年上なんだから、呼び捨てにしてください』
『……未来の義姉になるなら、もっと砕けた話し方でもいいけど』
そっけないながらも、尊は譲歩してくれる。
『ありがとう、尊さん』
彼女の社交的な性格のお陰か、ファーストコンタクトは上手くいったようだ。
順番に料理が運ばれてくる中、俺は二人に頭を下げる。
『変な事になってしまってすまない』
『……別に謝る事じゃないだろ。あの人が勝手に決めたんだろうし。いつもの嫌がらせの一環だと思えば大した事じゃない。……ただ、エミリには気の毒な事と思うけど』
尊はぶっきらぼうながらも、きちんと答えてくれる。
『あら、尊さん、私と結婚する気あるの?』
エミリの言葉を聞き、俺はポタージュに噎せる。
『ある訳ないだろ』
尊が大きな溜め息をつくと、エミリは『そうよねぇ』とケラケラ笑う。
『尊さんって彼女いるの?』
エミリが興味津々に尋ねると、彼はチラッと俺を見てから目を逸らし、言いづらそうに答える。
彼女は眉間に皺を寄せ、絞り出すように言う。
『面倒臭い事を言っているのは承知してる。せっかく風磨さんが覚悟を決めてくれたのに、台無しにするような事を言ってごめんなさい。……今の私はとても恵まれた状況にあるけれど、御曹司に見初められて結婚してハッピーエンドは嫌だわ。……それだと、今まで必死に頑張ってきたものが水泡に帰すような気がする』
エミリの気持ちを理解した俺は、頷いて微笑んだ。
『分かったよ。今すぐ結婚するとは言わない。ご家族との関係にケリをつけたいのも理解したし、自立するためにひたむきに頑張ってきた君が、楽な道を選ぶのをよしとしないのも分かる。……出産時、なるべく危険にならない年齢のうちに子供がほしいし、〝いつまでも待つよ〟とは言わない。でもあと数年待つぐらいなら、全然いいよ』
そう答えると、エミリはフニャッと脱力して声を上げた。
『あぁ……! 良かった……。我が儘を聞いてくれてありがとう』
『むしろ、余計に君を好ましく思ったよ。人って可能なら働きたくないって思うだろうし、楽な道に魅力を感じるじゃないか。でもエミリは自分の人生をとてもまじめに歩んでる。その気持ちを尊重したい』
『ありがとう。風磨さんが恋人で良かった』
最上級の褒め言葉をもらった俺は、『そう思ってもらえて良かった』と照れ笑いを浮かべた。
そのようにして母に快く思われないながらもエミリとの生活を続け、二年が経った。
その間、エミリは両親に隠れて祖父母と養子縁組をすべく、ちょくちょく祖父母の家へ通い、これまで自分の身にあった事を打ち明けた。
祖父母はショックを受けたようだが、エミリは『これは私と継父の問題だから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがあの人と対立する必要はない』と訴えたそうだ。
自分は丸木の遺産を必要とせず、新しい生活の基盤を整えている。
望むのは両親との接触がない生活であり、祖父母と養子縁組をしても特に何を要求するでもなく、強いて言うなら丸木ではない姓がほしいと伝えた。
祖父母の説得は割とすんなり行き、エミリは祖父母の姓の冨永を名乗る事に成功した。
が、会社では丸木エミリとして入社し、周囲に馴染んだので、プライベートを詮索されるのも嫌なので、そのままで通すとの事だった。
弁護士を立てて継父に離縁を申し出た件については想像通りに揉め、その争いは長期化する事になった。
その頃、エミリの実家関連とは別の問題が浮上した。
母が尊とエミリを結婚させると言い出したのだ。
十二月、都内、某フレンチレストランの個室で、俺とエミリは尊と向かい合って座っていた。
俺は三十三歳になり、エミリは二十六歳、尊は三十歳になった。
『こちらが丸木エミリさん。俺の恋人だ。結婚するつもりでいる』
俺が尊にエミリを紹介すると、彼は会釈した。
『速水尊です』
淡々と挨拶した尊に、エミリはニコッと笑いかける。
『エミリでいいですよ、尊さん』
彼女は初手からグイグイいき、案の定、尊は少し戸惑っている。
『……じゃあ、エミリさん』
『尊さんのほうが年上なんだから、呼び捨てにしてください』
『……未来の義姉になるなら、もっと砕けた話し方でもいいけど』
そっけないながらも、尊は譲歩してくれる。
『ありがとう、尊さん』
彼女の社交的な性格のお陰か、ファーストコンタクトは上手くいったようだ。
順番に料理が運ばれてくる中、俺は二人に頭を下げる。
『変な事になってしまってすまない』
『……別に謝る事じゃないだろ。あの人が勝手に決めたんだろうし。いつもの嫌がらせの一環だと思えば大した事じゃない。……ただ、エミリには気の毒な事と思うけど』
尊はぶっきらぼうながらも、きちんと答えてくれる。
『あら、尊さん、私と結婚する気あるの?』
エミリの言葉を聞き、俺はポタージュに噎せる。
『ある訳ないだろ』
尊が大きな溜め息をつくと、エミリは『そうよねぇ』とケラケラ笑う。
『尊さんって彼女いるの?』
エミリが興味津々に尋ねると、彼はチラッと俺を見てから目を逸らし、言いづらそうに答える。