部長と私の秘め事
『…………気になってる人はいる』
それを聞き、エミリはにんまりと笑った。
『お節介はしないけど、尊さんの恋が上手くいくよう願ってるわね』
『ありがと』
そのあともエミリが話題を振りつつ、俺と尊は微妙な空気で食事を続ける。
『今日は三人の気持ちの確認のため集まってもらったけど、尊もエミリも結婚する気はなし、でいいんだね』
『当たり前だ。結婚相手まで勝手に決められて堪るか。……丸木さんはいい人だと思うけど、兄貴が幸せにしてやれよ』
尊の答えを聞き、彼が俺を兄貴と呼んでくれた事に、むず痒い気持ちになる。
その時、尊がまっすぐ俺を見つめて尋ねてきた。
『……母親の事、好きか?』
言われて、ドキリと胸が音を立てる。
『……どういう意味だ?』
彼の真意を測ると、尊は溜め息をついて言う。
『分かっていると思うが、俺は〝篠宮家〟に一筋縄ではいかない感情を抱いている。父についてはピアノを習わせてくれ、進学させてくれた事に感謝している。……だがそれ以外については、あいつさえしっかりしていれば、母は不幸にならなかったという恨みもある。……そう言ってしまえば、自分の存在も否定する事になるがな』
俺とエミリは尊の話を真剣に聞く。
『兄貴については、ずっと〝空気〟だったと思ってる。怜香さんに俺がいびられる中、家の中で誰も味方になってくれなかった。その意味では、当時の俺は兄貴の事も恨んでいたかもしれない。……でも今は、浮気相手の子供である俺をいじめなかった分、感謝すべきだと思ってる。怜香さんの気持ちも、ある意味正当性のある感情だ。誰だって夫や父親の浮気相手の子供が家にいたら、嫌な気持ちになるよな』
『……尊、俺は……』
何か言おうとした時、彼は手を上げて俺の言葉を制する。
『俺は一人の人間として幸せになりたいと思っている。……その前に、裁かれるべき人間との決着をつけ、自由になりたい。……俺はお前の母親を陥れるつもりでいるが、それでも構わないか?』
覚悟の決まった目で見つめられ、尊が水面下で〝何か〟していたであろう事を知った。
『裁かれるべき……という事は、母は罪を犯したんだろう。今まで家庭内で尊を虐待していた事だろうか? あれについては俺もやりすぎだと思ったし、俺自身見て見ぬフリをした罪悪感がある。だから、尊が証拠を揃えて訴えるというなら反対しない』
そう答えると、尊は視線を逸らして溜め息をついた。
それからまた俺を見て、重々しく告げる。
『……二年前、命日に墓参りに行ったら、母と妹を轢いた犯人、中山茂の家族が墓参りに来ていた。……なぜ速水家の墓を知ってるか分からんが、葬儀も行われたし、調べようと思ったら調べられたんだろう。……その家族たちはこう言った』
尊は息を震わせながら吐き、荒ぶる気持ちを落ち着かせてから告げる。
『中山茂の息子は一千万円の借金を作り、当時、家族たちは破産する覚悟をしていたそうだ。……そこに篠宮怜香と名乗る女性から声を掛けられ、一千万円を肩代わりし、別途報酬として二千万円渡すから、とある親子を轢き殺してほしい……、と提案されたと』
その言葉を聞いた瞬間、ぐっ、と息が詰まり、座っているというのに、足元がガラガラと崩れ落ちていく感覚を得た。
尊に対する母の憎しみは、常軌を逸していると感じていた。
けれど、夫を奪われた悲しみが根源にあるなら、ある意味仕方がないとも思っていた。
――でも、これはやりすぎだ。
――こんな事をしていたのなら、もう庇えない。
俺は涙を流し、膝の上でギュッと拳を握る。
『……すまない』
『別に兄貴が謝る事じゃねぇだろ。お前は母親のやっていた事を知らなかったし、この犯罪に関与していない』
そう言い切れる尊を尊敬した。
世の中には、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという人もいるし、母の事を毛嫌いしているなら、その息子である俺も憎まれても仕方がないと思っていた。
でも尊は俺に心を許しきれないながらも、感情と現実をしっかり切り分けていた。
『悪いが先に言っておく。あの人はイケイ食品の社長、伊形啓士と数年にわたって不倫をしている。その証拠もしっかり掴んでいる』
さらなる事実を突きつけられ、心が悲鳴を上げそうだ。
でも今度は俺がつらい現実に直面し、しっかり受け止める番だと思った。
尊は俺よりもずっと悲惨な目に遭っている。
なのに俺が被害者ぶるのは違う。
いい歳した息子なら、母親が罪を犯したのなら、償うよう進言すべきだ。
それを聞き、エミリはにんまりと笑った。
『お節介はしないけど、尊さんの恋が上手くいくよう願ってるわね』
『ありがと』
そのあともエミリが話題を振りつつ、俺と尊は微妙な空気で食事を続ける。
『今日は三人の気持ちの確認のため集まってもらったけど、尊もエミリも結婚する気はなし、でいいんだね』
『当たり前だ。結婚相手まで勝手に決められて堪るか。……丸木さんはいい人だと思うけど、兄貴が幸せにしてやれよ』
尊の答えを聞き、彼が俺を兄貴と呼んでくれた事に、むず痒い気持ちになる。
その時、尊がまっすぐ俺を見つめて尋ねてきた。
『……母親の事、好きか?』
言われて、ドキリと胸が音を立てる。
『……どういう意味だ?』
彼の真意を測ると、尊は溜め息をついて言う。
『分かっていると思うが、俺は〝篠宮家〟に一筋縄ではいかない感情を抱いている。父についてはピアノを習わせてくれ、進学させてくれた事に感謝している。……だがそれ以外については、あいつさえしっかりしていれば、母は不幸にならなかったという恨みもある。……そう言ってしまえば、自分の存在も否定する事になるがな』
俺とエミリは尊の話を真剣に聞く。
『兄貴については、ずっと〝空気〟だったと思ってる。怜香さんに俺がいびられる中、家の中で誰も味方になってくれなかった。その意味では、当時の俺は兄貴の事も恨んでいたかもしれない。……でも今は、浮気相手の子供である俺をいじめなかった分、感謝すべきだと思ってる。怜香さんの気持ちも、ある意味正当性のある感情だ。誰だって夫や父親の浮気相手の子供が家にいたら、嫌な気持ちになるよな』
『……尊、俺は……』
何か言おうとした時、彼は手を上げて俺の言葉を制する。
『俺は一人の人間として幸せになりたいと思っている。……その前に、裁かれるべき人間との決着をつけ、自由になりたい。……俺はお前の母親を陥れるつもりでいるが、それでも構わないか?』
覚悟の決まった目で見つめられ、尊が水面下で〝何か〟していたであろう事を知った。
『裁かれるべき……という事は、母は罪を犯したんだろう。今まで家庭内で尊を虐待していた事だろうか? あれについては俺もやりすぎだと思ったし、俺自身見て見ぬフリをした罪悪感がある。だから、尊が証拠を揃えて訴えるというなら反対しない』
そう答えると、尊は視線を逸らして溜め息をついた。
それからまた俺を見て、重々しく告げる。
『……二年前、命日に墓参りに行ったら、母と妹を轢いた犯人、中山茂の家族が墓参りに来ていた。……なぜ速水家の墓を知ってるか分からんが、葬儀も行われたし、調べようと思ったら調べられたんだろう。……その家族たちはこう言った』
尊は息を震わせながら吐き、荒ぶる気持ちを落ち着かせてから告げる。
『中山茂の息子は一千万円の借金を作り、当時、家族たちは破産する覚悟をしていたそうだ。……そこに篠宮怜香と名乗る女性から声を掛けられ、一千万円を肩代わりし、別途報酬として二千万円渡すから、とある親子を轢き殺してほしい……、と提案されたと』
その言葉を聞いた瞬間、ぐっ、と息が詰まり、座っているというのに、足元がガラガラと崩れ落ちていく感覚を得た。
尊に対する母の憎しみは、常軌を逸していると感じていた。
けれど、夫を奪われた悲しみが根源にあるなら、ある意味仕方がないとも思っていた。
――でも、これはやりすぎだ。
――こんな事をしていたのなら、もう庇えない。
俺は涙を流し、膝の上でギュッと拳を握る。
『……すまない』
『別に兄貴が謝る事じゃねぇだろ。お前は母親のやっていた事を知らなかったし、この犯罪に関与していない』
そう言い切れる尊を尊敬した。
世の中には、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという人もいるし、母の事を毛嫌いしているなら、その息子である俺も憎まれても仕方がないと思っていた。
でも尊は俺に心を許しきれないながらも、感情と現実をしっかり切り分けていた。
『悪いが先に言っておく。あの人はイケイ食品の社長、伊形啓士と数年にわたって不倫をしている。その証拠もしっかり掴んでいる』
さらなる事実を突きつけられ、心が悲鳴を上げそうだ。
でも今度は俺がつらい現実に直面し、しっかり受け止める番だと思った。
尊は俺よりもずっと悲惨な目に遭っている。
なのに俺が被害者ぶるのは違う。
いい歳した息子なら、母親が罪を犯したのなら、償うよう進言すべきだ。