部長と私の秘め事
『……分かった。……本当にすまなかった』
『ショック受けたろ。悪い。……でも母と妹が意図的に殺害されたなら、犯人には罰を受けさせなければならない。一度は〝老人がブレーキとアクセルを踏み間違えた〟という事になったが、後ろであの人が糸を引いていたなら、黒幕もきちんと処罰されるべきだ。……俺は母と妹に対して、墓前に花を供えるぐらいしかできない。でも他にもやれる事があるなら、すべてを擲ってでも真実を世間に知らしめる』
暗い炎が灯った目の奥には、もう絶対に止める事のできない覚悟が宿っていた。
『会社は炎上するだろうし、社長、副社長に就いているお前たちもどうなるか分からない。俺はそれを承知の上であの人を断罪する』
俺は尊を見つめ、頷いた。
『……分かった。正直、俺は副社長でなくたって構わない。これからエミリと結婚して、彼女と子供たちを養っていけるなら、どんな場所で働いてもいいんだ』
そう言った時、エミリが俺の手にそっと自身のそれを重ねた。
『私はどこまでもついていくわ。私には風磨さん以外の人はいない。……それに、尊さんが復讐したいという気持ちも分かるし、怜香さんは罪を償うべきだわ』
尊は寄り添う俺たちを見て、泣きそうな顔で笑う。
『二人とも、ごめんな。……でも、俺は殺された二人に、これぐらいしかしてやれないんだ』
一番つらいのは尊なのに、俺は次から次へと涙を流し、首を横に振った。
『俺たちの事は気にしなくていい。尊の思うようにやってくれ。母だからと言って庇うつもりはない。罪は罪だ。……それに尊だっていい加減、母の作った檻から解放されるべきだ。好きな場所で仕事をしていいし、自分が好きになった人と幸せになってほしい。……俺に兄と名乗る資格なんてないかもしれないけど、……俺は兄として尊の幸せを祈ってるよ』
『…………ありがとう』
尊は安堵したように少し笑い、サッと目尻を手で拭う。
『まだ、水面下で証拠を集めているところだ。二人は誰にも何も言わず、黙っていてほしい』
『分かった。全面的に協力する』
『時には何もしない事が〝協力〟になる事もあるって知っているし、できる事があるならいつでも言ってほしいわ』
『感謝する』
その日の食事は味気ないものとなってしまったが、重要な一歩を踏み出す日となった。
決して前進とは言えないが、母が抱えている罪は裁かれなければならない。
息子として、篠宮風磨という一人の成人男性として、篠宮怜香の罪を放置する事はできないと感じた。
別れ際、俺は尊に尋ねる。
『尊、…………いつか、すべてが終わったあと、俺たちとまた食事してくれるか? 次はもっと楽しい話題で』
すると弟はいつもの皮肉げな笑いを浮かべた。
『それまでに、楽しい話を提供できるようにしておく』
**
二年後、飲食業界最大手と言われていた、篠宮ホールディングスのスキャンダルは世間を賑わせた。
母の実家の國見家も、かなりの風評被害を受けたそうだ。
いっぽうで國見家からは尊に対して正式な謝罪があり、彼はそれを受け入れた。
父は本社社長を辞任し、子会社の社長に収まる事となる。
次期社長について話し合う席で、尊は祖父や役員、株主たちを前にこう告げた。
『篠宮怜香の罪について、結婚したというのに私の母の元へ通い続け、子供までもうけた父、篠宮亘にも大きな責任があります。その意味で父への処分は妥当なものと思います。ですが兄、篠宮風磨については、今回の事件に一切の関与がなく、私が篠宮怜香を断罪するつもりでいると言ったあとも、協力的な態度をとってくれました。兄は能力がありますし、今後も篠宮ホールディングスを牽引していく大きなカリスマとなるでしょう。個人的な意見となりますが、私は兄に社長を就任してもらいたいと思っています』
尊がそう思っていると思わず、俺は驚いた顔をするのを必死に堪える。
同時に、彼がそこまで俺を信頼、評価してくれている事を嬉しく思った。
相変わらず自分という男については、他の皆が言うほどカリスマ性もなく、叶うならのんびりと過ごしたい、だらけた人間だと自称している。
けれど弟がそのように期待してくれているなら、応えなければ兄ではないと思った。
それに両親の代わりに俺が篠宮ホールディングスを守り、今度は後ろ暗い所のない、クリーンな会社だと世間に知らしめなければ、という使命感もあった。
そして尊がこうやって俺を押し上げた真意の裏には、『ちゃんと〝社長〟をやって、会社についたマイナスイメージを払拭しろ。それが長男であるお前の責任だ』という気持ちがあるように思えた。
――頑張らないと。
――俺は長男だから。
今まで篠宮家の本家長男である事にメリットを感じた事なんてなかったが、今感じている重圧は、俺を良い方向へ成長させてくれると感じた。
『ショック受けたろ。悪い。……でも母と妹が意図的に殺害されたなら、犯人には罰を受けさせなければならない。一度は〝老人がブレーキとアクセルを踏み間違えた〟という事になったが、後ろであの人が糸を引いていたなら、黒幕もきちんと処罰されるべきだ。……俺は母と妹に対して、墓前に花を供えるぐらいしかできない。でも他にもやれる事があるなら、すべてを擲ってでも真実を世間に知らしめる』
暗い炎が灯った目の奥には、もう絶対に止める事のできない覚悟が宿っていた。
『会社は炎上するだろうし、社長、副社長に就いているお前たちもどうなるか分からない。俺はそれを承知の上であの人を断罪する』
俺は尊を見つめ、頷いた。
『……分かった。正直、俺は副社長でなくたって構わない。これからエミリと結婚して、彼女と子供たちを養っていけるなら、どんな場所で働いてもいいんだ』
そう言った時、エミリが俺の手にそっと自身のそれを重ねた。
『私はどこまでもついていくわ。私には風磨さん以外の人はいない。……それに、尊さんが復讐したいという気持ちも分かるし、怜香さんは罪を償うべきだわ』
尊は寄り添う俺たちを見て、泣きそうな顔で笑う。
『二人とも、ごめんな。……でも、俺は殺された二人に、これぐらいしかしてやれないんだ』
一番つらいのは尊なのに、俺は次から次へと涙を流し、首を横に振った。
『俺たちの事は気にしなくていい。尊の思うようにやってくれ。母だからと言って庇うつもりはない。罪は罪だ。……それに尊だっていい加減、母の作った檻から解放されるべきだ。好きな場所で仕事をしていいし、自分が好きになった人と幸せになってほしい。……俺に兄と名乗る資格なんてないかもしれないけど、……俺は兄として尊の幸せを祈ってるよ』
『…………ありがとう』
尊は安堵したように少し笑い、サッと目尻を手で拭う。
『まだ、水面下で証拠を集めているところだ。二人は誰にも何も言わず、黙っていてほしい』
『分かった。全面的に協力する』
『時には何もしない事が〝協力〟になる事もあるって知っているし、できる事があるならいつでも言ってほしいわ』
『感謝する』
その日の食事は味気ないものとなってしまったが、重要な一歩を踏み出す日となった。
決して前進とは言えないが、母が抱えている罪は裁かれなければならない。
息子として、篠宮風磨という一人の成人男性として、篠宮怜香の罪を放置する事はできないと感じた。
別れ際、俺は尊に尋ねる。
『尊、…………いつか、すべてが終わったあと、俺たちとまた食事してくれるか? 次はもっと楽しい話題で』
すると弟はいつもの皮肉げな笑いを浮かべた。
『それまでに、楽しい話を提供できるようにしておく』
**
二年後、飲食業界最大手と言われていた、篠宮ホールディングスのスキャンダルは世間を賑わせた。
母の実家の國見家も、かなりの風評被害を受けたそうだ。
いっぽうで國見家からは尊に対して正式な謝罪があり、彼はそれを受け入れた。
父は本社社長を辞任し、子会社の社長に収まる事となる。
次期社長について話し合う席で、尊は祖父や役員、株主たちを前にこう告げた。
『篠宮怜香の罪について、結婚したというのに私の母の元へ通い続け、子供までもうけた父、篠宮亘にも大きな責任があります。その意味で父への処分は妥当なものと思います。ですが兄、篠宮風磨については、今回の事件に一切の関与がなく、私が篠宮怜香を断罪するつもりでいると言ったあとも、協力的な態度をとってくれました。兄は能力がありますし、今後も篠宮ホールディングスを牽引していく大きなカリスマとなるでしょう。個人的な意見となりますが、私は兄に社長を就任してもらいたいと思っています』
尊がそう思っていると思わず、俺は驚いた顔をするのを必死に堪える。
同時に、彼がそこまで俺を信頼、評価してくれている事を嬉しく思った。
相変わらず自分という男については、他の皆が言うほどカリスマ性もなく、叶うならのんびりと過ごしたい、だらけた人間だと自称している。
けれど弟がそのように期待してくれているなら、応えなければ兄ではないと思った。
それに両親の代わりに俺が篠宮ホールディングスを守り、今度は後ろ暗い所のない、クリーンな会社だと世間に知らしめなければ、という使命感もあった。
そして尊がこうやって俺を押し上げた真意の裏には、『ちゃんと〝社長〟をやって、会社についたマイナスイメージを払拭しろ。それが長男であるお前の責任だ』という気持ちがあるように思えた。
――頑張らないと。
――俺は長男だから。
今まで篠宮家の本家長男である事にメリットを感じた事なんてなかったが、今感じている重圧は、俺を良い方向へ成長させてくれると感じた。