部長と私の秘め事
夫婦
尊には上村朱里さんという恋人ができ、弟がもう孤独ではない事を知った俺は、心底安堵した。
エミリと朱里さんはすぐに打ち解け、ずっと前から〝兄弟〟だった俺と尊に比べ、本当の姉妹のような仲になっている。
こういう時、不器用な男より、社交性、共感性の高い女性は凄いな、と感じる。
そして俺と尊も、彼女たちの影響を受けて少しずついい方向に変われている。
今日、俺は拘留されている母の面会に行った訳だが、事前に父から母とどのような会話をしたかも聞いていた。
父と会ったのは数週間前、七月の終わりぐらいだ。
久し振りに赤坂の実家へ行くと、今は家政婦さんが通いで来る以外は父が一人で暮らしているからか、閑散とした印象に感じられた。
豪邸と言える家だが、この家には温かな思い出はほぼなく、どこを見てもいまだに母のヒステリックな怒鳴り声が脳裏に蘇りそうだ。
それぐらいこの家での記憶は、ストレスとワンセットになっている。
『元気?』
リビングのソファに腰かけている父に話しかけると、父は力なく笑った。
『それなりに』
『やつれてるけど、ちゃんと食べてる?』
『……努力はしてる』
以前も活力に満ちているようには感じられなかったが、今の父は余計に元気がないように思える。
『新しい生活は?』
『まぁまぁだ』
会話をしながら、父とはずっとこういうやり取りしかしていなかったと思った。
基本的に父は俺に興味がなく、テストで百点をとったとか、全国模試で何位だったと報告しても『そうか、頑張ったな』だけ。
一言答えるだけで、それ以上掘り下げて子供の状況を知ろうとする人ではなかった。
父の向かいに座った俺は、溜め息をついてから言う。
『そろそろ、母さんに会いに行こうかと思ってる』
『そうか』
また、父は一言しか返事をしない。
こういう父を目の当たりにしているだけに、エミリとの間に子供が生まれたら、もっと話しかけてコミュニケーションの多い親子になりたいと強く思った。
『父さんはもう何回も会いに行ったんだろ? どんな話をしたんだ?』
話さざるを得ない質問をすると、父はしばらく沈黙したあと、溜め息をついて語り始めた。
『……初回はあまり会話にならなかった。私は謝るばかりで、怜香は〝どうして私がこんな事に〟と、そればかり。……だが次第に怜香も気持ちの整理がついていったようだ。そして私も、ずっと怜香と話し合う事を避けてきたが、自分の本心を打ち明けた。口にすれば衝突不回避な話題だったが、本音を言わなければ今後も〝夫婦〟でいる事は不可能だと思ったからだ』
父は祈るように手を組み、天井を仰ぎ、当時の事を語った。
**
何回か目に妻に会いに行った頃には、初回のような激しい感情を表さなくなった。
今までは、さゆりに対する感情を口にしようとすると、叫んで遮られてしまった。
でも『罪を償ったあと、また夫婦としてやっていく気持ちがあるなら、ちゃんと話し合おう』と何度も訴えた。
一度の面会時間は三十分であるため、無言で終わった事も数え切れない。
途中で怜香が退席した事も多かった。
何回目かの時、その背中に声を掛けた。
『問題から逃げていても何にもならない。私も自分の犯した罪に向かうから、一緒に乗り越えよう』
そう言ったあとから、少しずつ怜香の態度は軟化していった。
彼女は私の目を見ず、ネイルのなくなった素の爪を見つめつつ言う。
『あなたが家にいない時、仕事なのか会食なのか、あの女のもとへ行っているのか分からなくて、いつもイライラしていたわ。……人を使ってあなたを尾行させたら、あの女がいるじゃない。……一度、あの女のもとに突撃して〝二度と夫に関わらないで!〟と怒鳴りつけたわ。……あの女は土下座して謝っていた。そのあと引っ越したみたいだけど、あなたはまたあの女の居場所を探し当てて、通うようになった。……それを何度も繰り返し、あの女は引っ越すお金もなくなったみたいね』
言われて、自分の持つ異常なストーカー性が浮き彫りになる。
エミリと朱里さんはすぐに打ち解け、ずっと前から〝兄弟〟だった俺と尊に比べ、本当の姉妹のような仲になっている。
こういう時、不器用な男より、社交性、共感性の高い女性は凄いな、と感じる。
そして俺と尊も、彼女たちの影響を受けて少しずついい方向に変われている。
今日、俺は拘留されている母の面会に行った訳だが、事前に父から母とどのような会話をしたかも聞いていた。
父と会ったのは数週間前、七月の終わりぐらいだ。
久し振りに赤坂の実家へ行くと、今は家政婦さんが通いで来る以外は父が一人で暮らしているからか、閑散とした印象に感じられた。
豪邸と言える家だが、この家には温かな思い出はほぼなく、どこを見てもいまだに母のヒステリックな怒鳴り声が脳裏に蘇りそうだ。
それぐらいこの家での記憶は、ストレスとワンセットになっている。
『元気?』
リビングのソファに腰かけている父に話しかけると、父は力なく笑った。
『それなりに』
『やつれてるけど、ちゃんと食べてる?』
『……努力はしてる』
以前も活力に満ちているようには感じられなかったが、今の父は余計に元気がないように思える。
『新しい生活は?』
『まぁまぁだ』
会話をしながら、父とはずっとこういうやり取りしかしていなかったと思った。
基本的に父は俺に興味がなく、テストで百点をとったとか、全国模試で何位だったと報告しても『そうか、頑張ったな』だけ。
一言答えるだけで、それ以上掘り下げて子供の状況を知ろうとする人ではなかった。
父の向かいに座った俺は、溜め息をついてから言う。
『そろそろ、母さんに会いに行こうかと思ってる』
『そうか』
また、父は一言しか返事をしない。
こういう父を目の当たりにしているだけに、エミリとの間に子供が生まれたら、もっと話しかけてコミュニケーションの多い親子になりたいと強く思った。
『父さんはもう何回も会いに行ったんだろ? どんな話をしたんだ?』
話さざるを得ない質問をすると、父はしばらく沈黙したあと、溜め息をついて語り始めた。
『……初回はあまり会話にならなかった。私は謝るばかりで、怜香は〝どうして私がこんな事に〟と、そればかり。……だが次第に怜香も気持ちの整理がついていったようだ。そして私も、ずっと怜香と話し合う事を避けてきたが、自分の本心を打ち明けた。口にすれば衝突不回避な話題だったが、本音を言わなければ今後も〝夫婦〟でいる事は不可能だと思ったからだ』
父は祈るように手を組み、天井を仰ぎ、当時の事を語った。
**
何回か目に妻に会いに行った頃には、初回のような激しい感情を表さなくなった。
今までは、さゆりに対する感情を口にしようとすると、叫んで遮られてしまった。
でも『罪を償ったあと、また夫婦としてやっていく気持ちがあるなら、ちゃんと話し合おう』と何度も訴えた。
一度の面会時間は三十分であるため、無言で終わった事も数え切れない。
途中で怜香が退席した事も多かった。
何回目かの時、その背中に声を掛けた。
『問題から逃げていても何にもならない。私も自分の犯した罪に向かうから、一緒に乗り越えよう』
そう言ったあとから、少しずつ怜香の態度は軟化していった。
彼女は私の目を見ず、ネイルのなくなった素の爪を見つめつつ言う。
『あなたが家にいない時、仕事なのか会食なのか、あの女のもとへ行っているのか分からなくて、いつもイライラしていたわ。……人を使ってあなたを尾行させたら、あの女がいるじゃない。……一度、あの女のもとに突撃して〝二度と夫に関わらないで!〟と怒鳴りつけたわ。……あの女は土下座して謝っていた。そのあと引っ越したみたいだけど、あなたはまたあの女の居場所を探し当てて、通うようになった。……それを何度も繰り返し、あの女は引っ越すお金もなくなったみたいね』
言われて、自分の持つ異常なストーカー性が浮き彫りになる。