部長と私の秘め事
『……あなたが大切にしているものは、もう二度と手に入らないんだ。いい加減、学生時代の幻想を捨てて、現実を見てくれ。父さんはもう高校生じゃない。六十歳を手前にしたおっさんなんだ。いい歳して〝今〟を見つめず理想ばかり追ってるから、周りの人を巻き込んで破滅するんだよ! あなたが家族を壊したんだと自覚してくれ!』

 涙ながらに訴えると、俺を見つめていた父の目が微かに動き、動揺を示した。

『……頼むから、これ以上父親として振る舞えないなら、今後、俺や尊たちに関わらないでくれ。俺はエミリと、尊は朱里さんと幸せな家庭を築いていく。百歩譲って祖父として孫に挨拶する程度ならいい。……でもそれ以上、俺たちに関わらないでくれ。俺たちの宝物に悪影響が出るぐらいなら、絶縁も辞さない』

 そこまで言い、俺は乱暴に息を吐き前髪を掻き上げる。

『……本当は父さんにこんな事言いたくない。……でも、言わないと分からないだろう? 世の中には言っても理解できない人がいる。それなら、きちんと自分の意見を伝えたほうがまだマシなんだ』

 俺は再び深い溜め息をつき、疲弊しきって言う。

『実の父親に絶縁なんて言いたくないよ。……でも俺はもう、あなた達に庇護される子供じゃない。血縁関係は一生続くかもしれないが、今後俺はエミリと結婚して家庭を作るし、尊だって幸せになりたいと渇望している。……俺たちは一人の自立した大人として、自分たちの道を歩む。それを邪魔しないでほしいんだ。……父さんにとってはよかれと思ってする事、言う事であっても、俺たちには大迷惑な場合がある。それを理解して。……理解できないなら、近づかないで』

『……分かった。迷惑をかけてすまない』

 きつい表現を使ったからか、さすがに父も少ししょげているようだった。

『自分でも、子供時代に尊を無視し続けたのに、何を今さら……って思う。けど、だからこそ、やり直しの利くうちに全力で尊のためになる事をして、あいつを応援したい。……それで俺も、親の顔色を窺って生きるのをやめて、自分の人生を歩む』

 そこまで言って、やっと自分が両親の支配から抜け出せた気がした。

 きっと今後も母のヒステリックな声が脳裏に蘇り、父に無視されて低くなった自己肯定感に悩まされる事はあるだろう。

 ――でも俺はもう自由だ。

 ――両親の機嫌を窺って、目を閉じ、耳を塞ぐ子供は卒業した。

 ――これからは自分が選択した人の手をとって、限りある時間を大切な者のために生きていくんだ。

 そう決意した時、スッと心が軽くなった気がした。

(今度尊がお母さんに会いに行ったあと、話を聞くべきかな。俺と二人だと話しにくいかもしれないから、誰かに同席してもらったほうがいいかな)

 そう思いながら、俺は父に別れを告げて帰路に着いた。



**



 私――、上村朱里はいつものようにランチ時になって社食に向かい、恵と合流した。

「おっす」

「ちっす」

 私たちはそんな挨拶をし、トレーを手にして列に並ぶ。

 その時、私に声を掛けてくる人がいた。

「上村さん、偶然ですね。ランチですか? こんにちは」

「あ……」

 振り向くと、そこには歓迎会の時に挨拶をした小鳥遊さんがいる。

「こんにちは。奇遇ですね」

「私も並んじゃおーっと」

 小鳥遊さんは私の後ろに並び、ニコッと笑う。

 恵が「どちらさん?」と言うので、先日の歓迎会の事をコソッと話したら、すぐ納得してくれた。

「良かったら一緒にランチしませんか? お二人の邪魔でなければ……ですが」

「私はいいですよ。恵は?」

「別にいいけど」

「やった」

 そんな感じで、今日は三人でのランチとなった。

 今日は和風きのこパスタを大盛りにし、サラダ、スープ付きセットだ。

 恵は冷たい海老天蕎麦で、小鳥遊さんは普通盛りのカルボナーラ。

「いただきまーす」

 手を合わせてパスタに取りかかると、小鳥遊さんはニコニコして言う。

「沢山食べて可愛いですね」

「えへへ」

 私はモグモグしつつ、照れ笑いする。

 ちなみに私と恵は向かい合わせに座り、小鳥遊さんは恵の隣だ。

「上村さんと副社長って、いつからお付き合いしているんですか?」

 小鳥遊さんは小声だったけれど、いきなりぶっ込んだ質問をしてきた。

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