部長と私の秘め事

バトル

 食後、恵は水を飲み干してから言う。

「毎日、仕事が忙しいし、帰ってもゴージャスな家が待ってるし、正直、庶民には気が休まらないよね。……もし良かったら、今度自然のある場所でボーッとしない? もしくは写経体験とか、座禅とか」

「あはは! それいいね!」

 私は恵の提案を聞き、思わず声を上げて笑う。

「涼子も言ってたけど、思考がループして止まってしまったら、場所を変えるんだって。歩いたり、外に出たり。考え込むのは大体屋内だから、正反対の場所に行くの」

「うんうん。久し振りに恵とキャンプもいいね」

「マジそれ。久し振りに朱里の作ったカレー食べたい」

「ホント? 中国四千年のカレールーが火を噴いちゃうもんね」

「なんだそりゃ。……しかし朱里のカレー、ただの市販のカレールーなのに、マジで美味しい」

「愛情入ってるからね。萌え萌えキュンですよ」

 そう言って、胸の前で指ハートしてみせると、恵が微妙な顔になった。

「待って……。朱里がメイドカフェで働いてたら、通い詰める自信ある」

「マジか。真性のアカリストですな」

「筋金入りだよ。何年ものだと思ってんの。熟成しきってるよ」

「んふふ」

 ポンポンと恵とこう会話していると、とても楽だし楽しい。

 小鳥遊さんに褒められ、知りたがられていると、確かに気分は良かったけど、「もっといい自分を見せないと」と思っていたかもしれない。

(自然体でいられる相手を大切にしないと)

 改めてそう思った私は、恵とキャンプ場を検索して残り時間を過ごした。

 仕事に戻る頃には、小鳥遊さんがもう私に関わらないとしても、仕方ないかと思えるようになっていた。



**



 私――、中村恵は朱里とランチをしていたけれど、彼女は篠宮さんに呼び出され、慌てて戻っていった。

 昼休みが終わるにはまだ時間があるので、私はトイレで化粧直しをしてから、ゆっくりフロアに戻るつもりでいた。

(あれ)

 社食の席を立とうとした時、朱里がポケットティッシュを忘れているのに気づく。

 使いかけとはいえ、彼女が愛用しているのは〝鼻リッチ〟のポケットティッシュなので一大事だ。

 というか、一番大事なのは中身より外側だ。

 朱里はお母さんに作ってもらった、布製のティッシュケースを大切にしている。

 小学生の時に、彼女の好きな色――、綺麗な赤い布で作ったティッシュケースを作ってもらい、今に至るまでずっと大事にしている。

 何回も洗濯しているから生地はよれているし、赤い色も褪せてしまっている。

 時にはシミをつけてしまった時もあったけど、シミ抜きをして今も現役で使っていた。

 若菜さんは『新しいのを作ってあげる』と言っているけれど、そのたびに朱里は『これがいいの』と言って、寿命がくるまで使い倒すつもりでいる。

 多分、まだお父さんが生きていた頃にもらった物だから、当時の思い出も含めて、常に持っていたいのだと思う。

 最近では若菜さんもそれを分かってか、定期的にティッシュケースのメンテナンスをしているようだ。

 朱里も人並みに裁縫ができるけれど、その時だけは甘えているみたいだ。

(こんな大切な物、忘れるなよー! しかも赤って目立つ色だけどな!)

 とはいえ、ある程度色が褪せているので、木目調のテーブルと同化してしまったのかもしれない。

(いや、それより篠宮さんに呼び出されたから、慌ててたっていうほうが大きいな)

 自分で出した回答に「それだ」と内心頷きつつ、私はティッシュケースを持って彼女を追いかけた。

 呼び出されたとは言っても、すぐに社外に出る事はないだろう。

 私はエレベーターに乗って秘書課のあるフロアまで行き、少し緊張して副社長秘書室のドアをノックした。

「はい」

 すぐに朱里がヒョコッと顔を出し、私の顔を見て「ん!?」と目を丸くする。

「これ、大事な物忘れたら駄目でしょ」

「あっ! ごめん! ありがとう!」

 朱里は物凄く焦った顔をして、受け取ったティッシュケースを抱き締める。

 ドアの向こうを覗くと篠宮さんと、最近第二秘書になったらしい笹島さんという男性が見えた。

「すみません、続けてください」

 私は彼らにペコッと会釈をし、朱里に小声で「頑張って」と告げてドアを閉めた。

 社食からまっすぐ来たので、商品開発部に戻る前に、このフロアのお手洗いを借りる事にする。

 外のお手洗いってピンキリだけど、会社のお手洗いは手洗い場とは別に化粧直しのスペースもあり、とても綺麗だし安心して使える。

 勿論、いつも綺麗に掃除してくれている、業者さんのお陰でもあるけど。

 用を足して化粧直しをしていると、小鳥遊さんが入ってきた。

(あ)

 私が彼女を見て内心呟くと同時に、小鳥遊さんも私を見てギクッとした表情をした。

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