部長と私の秘め事
 私が話しかける前に彼女は個室に入り、音乙女の流水音が聞こえてくる。

 他人のトイレ待ちをする趣味はないけれど、小鳥遊さんには一言いっておかなくては。

 念入りに化粧直しをしているふりをして待っていると、やがて個室のドアが開いて彼女が姿を現した。

 小鳥遊さんが手を洗い始めた時、私は「久し振り」と声を掛けた。

「あ……、ど、どうも」

 彼女は気まずそうな顔で挨拶をし、愛想笑いをする。

「最近どうしたの?」

「い、……いえ。ちょっとタイミングが合わなくて」

〝分かって〟いるだろうから、今後姿を現さないだろうけど、一生朱里に顔を見せるな。

 私は内心で毒づきながらも、さらに攻めていく。

「先日、朱里にチャームを渡してから、顔を見せなくなったよね? 何か問題でもあった?」

 わざとらしく言うと、小鳥遊さんは逃げ道を探すように視線をさまよわせ、引きつった笑みを浮かべる。

「あ、あれは妹がガチャで引いた奴で、私が入手したんじゃないんです」

 あまりにもお粗末な言い訳を聞き、思わず失笑しそうになる。

「どうでもいいけどさ、友達になりたいって言った相手に盗聴器仕込むってどうなの?」

 私はザクッと切り込んで腕組みをし、洗面台に寄りかかって小鳥遊さんを見つめる。

「……ひ、酷い……っ、言いがかりはやめてください!」

 小鳥遊さんは半歩身を引き、被害者ぶった顔で言う。

 私はさらに半歩彼女に迫り、その耳元に囁いた。

「嘘つき」

 瞬間、小鳥遊さんが鋭く息を吸う。

「もうバレてるのに、見苦しい言い訳すんのやめたら? 盗聴罪って罪はないけど、プライバシー侵害には十分なり得る。篠宮さんは一旦保留にしたらしいけど、クビにならずに済んだ事を感謝するでもなく、しらばっくれるってどういう神経してんの? 次、何かやらかしたら、盗聴器の証拠はしっかり押さえられてるし、一発退場だよ。分かってんの?」

 彼女は表情を歪め、泣きそうな顔をする。

 小鳥遊さんは、顔だけは可愛い。

 清楚系の雰囲気で、色白で可憐な顔立ちをしているし、今流行りのシースルー前髪とか、ちょっと後れ毛を巻いているところとか、流行を押さえながらも、やり過ぎ感を出さずナチュラルな魅力を出している。

 最初に朱里に近づいた時のように、人なつっこい妹ポジションで近づかれたら、大体の人は気を許してしまうだろう。

 近づいてくる人があまりに美人だったり、可愛かったりすると、警戒してしまう人もいるけれど、小鳥遊さんは親しみやすさや愛嬌でカバーしていて、私たちもそれにまんまと騙された。

 そういう彼女だから、目を潤ませている姿を見ると、傍から見れば完全に私が悪者なんだけど、そのウルウル攻撃に負ける私じゃない。

〝男みたい〟と言われた学生時代から、その手の女は見飽きた。

「……し、知りません。私、急いでるので……」

 小鳥遊さんが横をすり抜けようとした時、私は個室の境にある壁にドンッと手を突き、通せんぼする。

「まだ時間はある。最後まで話をしようよ」

「いい加減にしてください」

「いい加減にしてほしいのはこっちだよ。朱里の純粋さを弄んで、プレゼントするふりをして盗聴器? やってる事がクソヤバイのに、ちょっと言及されたら被害者ぶるの? あんたの本性、秘書課の奴らに教えてやろうか?」

 もうこの際、悪役でも何でもいい。

 威圧的に言ってジロリと睨むと、彼女は逃げるのを諦めたのか、数歩下がる。

 そのまま黙っていたけれど、恨みがましそうな顔で私を上目遣いで見て、呟く。

「……だって、ずるいじゃないですか」

(はい、出たー。こういう奴がお得意の『ずるい』)

 私は真顔のまま、心の中で抑揚をつけずに突っ込みを入れる。

「お局には敵わないかもしれませんが、私だってずっと秘書課で働いていたんです。なのに他部署の上村さんが、いきなり副社長秘書に抜擢? 私のほうがずっと仕事ができるし、気が利くのに、他部署の人に副社長秘書が務まるはずがありません」

「自分なら、立派に副社長秘書を務められると?」

「当たり前じゃないですか。こう見えて私、仕事できるんです」

「……その割には役員秘書になれてないみたいだね」

 サラッと返すと、物凄い顔で睨まれた。

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