部長と私の秘め事
 朱里は人目を引く容姿をしていて、みんなが彼女を気にしていた。

 長くて綺麗な髪はつい目を引くし、キリッとした顔立ちの美人だ。

 目は大きくて睫毛が長い。鼻はツンと小作りながら高く、唇も形が良く血色がいい。

 吸い込まれるような……という言葉が似合う目力があり、見つめられると少しドキッとしてしまう。

 おまけに発育も良くて、女子はほぼ平らな胸をしている中、朱里の胸元はふっくらしている。

 そのうえ成績も良く、先生たちからも信頼されていた。

〝委員長〟タイプではないけれど、『頭がいいし、放っておいても変な事はしないだろう』と見なされていたと思う。

 非の打ち所がない才媛……と思ったけれど、彼女には人付き合いが壊滅的に悪いという、大きな欠点があった。

 それに表情を崩して笑う姿を見た事がなく、いつも何かに悩んでいるような雰囲気がある。

 同じクラスの女子に遊びに誘われても、いつも『ごめん、無理』と断っていて、皆はつまらなく思ったみたいだった。

 そのうちクラスの女子たちは『今野さんには年上の彼氏がいる』『夜に繁華街で歩いているのを見た』『お酒を飲んで煙草も吸ってるって』『もう初体験済ませたみたいだよ』……など、好き勝手な噂を流し始め、何一つ事実ではないのに、誰かの想像に尾ひれ背びれがどんどんついていった。

 誰かの噂話をするのは、とても楽しいんだろう。

 クラスの女子は毎日放課後に教室でヒソヒソ話をし、その現場に朱里が居合わせた事もあったみたいだった。

 放課後は部活をしている私はそういう話に加わった事がなく、密かに憧れている朱里を悪く言われて嫌な気分になっていた。

 でも反論すればいじめられると思い、何も言えずにいた。

 そんな私はどんな生徒かというと、成績は中の上、バスケに打ち込む毎日を送っていた。

 サバサバして少年のようだからか、女子の先輩から可愛がられ、部活の仲間、クラスの女子からも某歌劇団の男役みたいな感じで慕われていた。

 その時の私と朱里は、第三者から見れば陰と陽みたいな関係性にあったと思う。

 でも、陽の中に陰があるように、私も綺麗なだけの存在ではいられなかった。





『う……っ、……うぅ……っ』

 私は昼休み、学校の裏手で声を殺し、嗚咽していた。

 今朝、通学途中に、生まれて初めて痴漢に遭ってしまった。

 驚いたし恐いし、声を上げる事すらできなかった。

 私は体を硬直させて抵抗できず、助けを求めて周りを見ても誰も気づいていない。

 結局私は泣き寝入りをし、駅で降りたあと誰にも言えないまま一日を過ごしたのだった。

〝皆の人気者〟で男子を相手にしても負けない私が、痴漢に遭ってあっけなく屈服されてしまった。それが情けなくて堪らない。

 この世界は楽しい事ばかりで、程度の差はあってもいい人ばかり、自分を害する人なんていない。

 そう思っていた私は、現実の汚さを思い知らされたのだ。

『泣いてるの?』

『わっ』

 人が来ない場所だと思っていたのに声を掛けられ、心臓が口から飛び出るかと思った。

 顔を上げると、朱里が不思議そうな顔をして立っている。

『こっ、……今野さん、どうして……』

『私、昼休みは大体ここにいるの』

 朱里はそう言って私から少し離れた所に座り、図書室から借りてきた本を開いた。

『……聞かないの?』

『何を?』

 彼女は私を見ずに返事をする。

『…………どうして泣いてたかとか』

『誰だって泣きたい時はあるんじゃない?』

 そう言った朱里の言葉が、スッと心の奥に落ちていった。

 ――この子は、私に『強くあるべき』とか思ってないんだ。

 理解すると、急に朱里の側にいる事が楽に思えた。

 彼女の側にいると、頑張らなくてもいい素の自分になれる気がする。

『あの……、聞いてくれる?』

 だから私は、朱里に痴漢に遭った事を打ち明けた。

『それは泣いて当たり前だよ。……っていうか、警察には言ったの?』

 私の話を聞いたあと、朱里は小さく首を横に振ると溜め息をつき、私の隣に座り直してポンポンと背中を叩いてきた。

『誰にも言わないから、思いきり泣いていいよ。中村さんは女の子なんだから、そういう目に遭って〝恐い〟と感じるのは当たり前。大人の女性だってトラウマになると思うよ。……だから、我慢するより泣いたほうがいい。つらいのに無理に我慢すると心に良くないから』

 ――泣いていいよ。

 その言葉が、私を解放した。

 加えて朱里は私の事を〝女の子〟扱いし、弱いところがあってもいいと教えてくれた。

『う……っ、うぅ……っ』

 私は肩を震わせて泣き始める。

 今回の痴漢事件で、自分が無力な中学生〝女子〟だと思い知ってしまった。

 男子に『中村こえー』と言われても、女子に『恵と一緒にいると無敵感がある』と言われても、成人男性を前にすれば何の役にも立たない。

『お尻を触られただけ』と言う人はいるかもしれないけれど、〝たったそれだけの事〟で、私は自尊心を著しく傷つけられ心を蹂躙された。

 朱里は黙って私の背中をポンポンと叩き、私が泣き止むまで側にいてくれた。

< 84 / 313 >

この作品をシェア

pagetop