部長と私の秘め事
中村恵
そのあと車で移動し、恵比寿に向かった。
入ったのは以前来た事があるカフェで、店内に暖炉がある雰囲気のいい所だ。
『何でも注文していいよ』
『ありがとうございます』
彼女はメニューを捲って迷ったあと、ニューヨークチーズケーキとカフェラテに決めた。
俺はホットコーヒーを頼み、時間を確認してから一つ溜め息をつく。
改めて中村さんを見ると、サラサラしたショートヘアと爽やかな顔立ちも相まって、スポーツが得意な皆の人気者という印象がある。
勝手なイメージだが、中性的なので同性から人気がありそうに思えた。
『朱里が自殺しようとしていたって、本当ですか?』
どうやって切り出そうか迷っていた時、先に中村さんが口を開いた。
彼女はとても思い詰めた表情をしていて、親友なのに朱里の危機を知らなかった事へのショックが窺えた。
『……彼女がショックを受ける出来事に心当たりは?』
一応、自分としては父親の死が原因だと思っていたが、他にも原因はないか聞いてみようと思った。
そう尋ねると、中村さんはチラッと周囲を見てから小さめの声で答える。
『お父さんが亡くなったと聞きました。死因は教えてもらっていないのですが、仲のいい家族だったから、かなりガックリきたみたいで』
『他には?』
さらに質問したが、中村さんは少し考える素振りを見せたあと首を左右に振った。
『他には特に思い当たりません。学校では一人で行動しているんですが、特にいじめられているようにも見えませんし、一人でも平気みたいな事を言っていたので、友人関係で悩んでいるようには思えません』
彼女の答えを聞き、俺は安心して頷いた。
『……じゃあ、理由はお父さんの事だろうな……。年末年始、俺は名古屋近くの旅館に泊まっていたんだけど、夜に外を見ていたら、彼女が一人で歩いているのが見えた。時間的に子供が一人でうろつく姿に違和感があって、ついあとをつけた。……そしたら……』
あの時のギクッとした感覚を思いだし、俺は溜め息をつく。
『泣いてましたか?』
『ああ。……でも、当分は大丈夫なんじゃないかな、と思いたい』
言ったあと、俺は朱里との会話の大まかな内容を教える。
話している間にケーキや飲み物が運ばれ、あまり美味しくなさそうに食べている中村さんを見て、少しだけ『悪いな』と思った。
『……朱里を助けてくれて、ありがとうございます』
中村さんはポツッと言ったあと、涙を拭った。
『朱里さんとは親友?』
尋ねると、彼女はしばし考えるように沈黙し、ケーキを一口食べる。
やがて、微妙な笑みを浮かべて言った。
『…………恩人だと思っています。あと、私の好きな人です』
俺は軽く瞠目したが、大げさには驚かなかった。
今の時代、同性が好きと言われても、おかしくない。
『今まで誰にも言えなかったから、ちょっとスッキリしちゃった』
中村さんは苦笑いし、先ほどより明るい表情でもう一口ケーキを食べる。
『シフォンケーキも頼んでいいですか?』
『どうぞ』
吹っ切れたのか、彼女はパクパクとケーキの残りを平らげていく。
その様子を見ながら、俺は悪巧みをしていく。
中村さんと朱里が親友なら、うまい事彼女の話を聞けるかもしれない。そのためには警戒心を解かせ、信頼させる必要がある。
なら、少し自分の話をして、同情を買ったほうがいいかもしれない。
『朱里さんの事も聞きたいし、良かったら中村さんの話も聞かせてくれないか? 俺も母親を亡くしていて〝訳あり〟には理解があるつもりだ。それに、今まで誰にも言えなかったなら、関係ない第三者に話してスッキリするっていうのもアリだと思う』
いつまでも朱里に関わるつもりはない。
あの現場にいた者として、ある程度の事情を把握しておきたいだけだ。
朱里が普通の女子中学生として、光の当たる場所を生きていけるまで――。
自分に言い聞かせる俺を見て、心の底にいるもう一人の自分が『あーあ、ズブズブの関係になるぞ』と皮肉げな笑いを浮かべていた。
そんな俺の心境を知らず、中村さんは物憂げな表情で語り始めた。
**
私、中村恵は、今まで〝皆の人気者〟として生きてきた。
父も母もアウトドアを好み、言いたい事をハッキリ言う性格をしている。
歯に衣着せない言い方をするが、サッパリした関係だからか、家庭内が嫌な雰囲気になった事はなかった。
兄弟は兄が二人で、優しい姉か可愛い妹が欲しかったと思いつつも、私は女の子らしい遊びに興味を持たず、兄とバスケットボールを追いかけて育ってきた。
幼稚園では周りの子たちから男の子みたいな扱いをされ、小学生になっても男子に女子として認識されなかった。
高学年になって男子に告白された事はあったけど、恋愛にはまったく興味がなかった。
男の子の事を考えるより、スポーツをしているほうが楽しかったからだ。
芸能人やファッションの話にはあまり興味を持てなかったけれど、話を合わせないとハブられるかも……と不安になり、つまらないながらも話を合わせた。
そして小学校卒業後、中高一貫校に入学して、運命の出会いを果たしたのが朱里だった。
入ったのは以前来た事があるカフェで、店内に暖炉がある雰囲気のいい所だ。
『何でも注文していいよ』
『ありがとうございます』
彼女はメニューを捲って迷ったあと、ニューヨークチーズケーキとカフェラテに決めた。
俺はホットコーヒーを頼み、時間を確認してから一つ溜め息をつく。
改めて中村さんを見ると、サラサラしたショートヘアと爽やかな顔立ちも相まって、スポーツが得意な皆の人気者という印象がある。
勝手なイメージだが、中性的なので同性から人気がありそうに思えた。
『朱里が自殺しようとしていたって、本当ですか?』
どうやって切り出そうか迷っていた時、先に中村さんが口を開いた。
彼女はとても思い詰めた表情をしていて、親友なのに朱里の危機を知らなかった事へのショックが窺えた。
『……彼女がショックを受ける出来事に心当たりは?』
一応、自分としては父親の死が原因だと思っていたが、他にも原因はないか聞いてみようと思った。
そう尋ねると、中村さんはチラッと周囲を見てから小さめの声で答える。
『お父さんが亡くなったと聞きました。死因は教えてもらっていないのですが、仲のいい家族だったから、かなりガックリきたみたいで』
『他には?』
さらに質問したが、中村さんは少し考える素振りを見せたあと首を左右に振った。
『他には特に思い当たりません。学校では一人で行動しているんですが、特にいじめられているようにも見えませんし、一人でも平気みたいな事を言っていたので、友人関係で悩んでいるようには思えません』
彼女の答えを聞き、俺は安心して頷いた。
『……じゃあ、理由はお父さんの事だろうな……。年末年始、俺は名古屋近くの旅館に泊まっていたんだけど、夜に外を見ていたら、彼女が一人で歩いているのが見えた。時間的に子供が一人でうろつく姿に違和感があって、ついあとをつけた。……そしたら……』
あの時のギクッとした感覚を思いだし、俺は溜め息をつく。
『泣いてましたか?』
『ああ。……でも、当分は大丈夫なんじゃないかな、と思いたい』
言ったあと、俺は朱里との会話の大まかな内容を教える。
話している間にケーキや飲み物が運ばれ、あまり美味しくなさそうに食べている中村さんを見て、少しだけ『悪いな』と思った。
『……朱里を助けてくれて、ありがとうございます』
中村さんはポツッと言ったあと、涙を拭った。
『朱里さんとは親友?』
尋ねると、彼女はしばし考えるように沈黙し、ケーキを一口食べる。
やがて、微妙な笑みを浮かべて言った。
『…………恩人だと思っています。あと、私の好きな人です』
俺は軽く瞠目したが、大げさには驚かなかった。
今の時代、同性が好きと言われても、おかしくない。
『今まで誰にも言えなかったから、ちょっとスッキリしちゃった』
中村さんは苦笑いし、先ほどより明るい表情でもう一口ケーキを食べる。
『シフォンケーキも頼んでいいですか?』
『どうぞ』
吹っ切れたのか、彼女はパクパクとケーキの残りを平らげていく。
その様子を見ながら、俺は悪巧みをしていく。
中村さんと朱里が親友なら、うまい事彼女の話を聞けるかもしれない。そのためには警戒心を解かせ、信頼させる必要がある。
なら、少し自分の話をして、同情を買ったほうがいいかもしれない。
『朱里さんの事も聞きたいし、良かったら中村さんの話も聞かせてくれないか? 俺も母親を亡くしていて〝訳あり〟には理解があるつもりだ。それに、今まで誰にも言えなかったなら、関係ない第三者に話してスッキリするっていうのもアリだと思う』
いつまでも朱里に関わるつもりはない。
あの現場にいた者として、ある程度の事情を把握しておきたいだけだ。
朱里が普通の女子中学生として、光の当たる場所を生きていけるまで――。
自分に言い聞かせる俺を見て、心の底にいるもう一人の自分が『あーあ、ズブズブの関係になるぞ』と皮肉げな笑いを浮かべていた。
そんな俺の心境を知らず、中村さんは物憂げな表情で語り始めた。
**
私、中村恵は、今まで〝皆の人気者〟として生きてきた。
父も母もアウトドアを好み、言いたい事をハッキリ言う性格をしている。
歯に衣着せない言い方をするが、サッパリした関係だからか、家庭内が嫌な雰囲気になった事はなかった。
兄弟は兄が二人で、優しい姉か可愛い妹が欲しかったと思いつつも、私は女の子らしい遊びに興味を持たず、兄とバスケットボールを追いかけて育ってきた。
幼稚園では周りの子たちから男の子みたいな扱いをされ、小学生になっても男子に女子として認識されなかった。
高学年になって男子に告白された事はあったけど、恋愛にはまったく興味がなかった。
男の子の事を考えるより、スポーツをしているほうが楽しかったからだ。
芸能人やファッションの話にはあまり興味を持てなかったけれど、話を合わせないとハブられるかも……と不安になり、つまらないながらも話を合わせた。
そして小学校卒業後、中高一貫校に入学して、運命の出会いを果たしたのが朱里だった。