部長と私の秘め事

反省

 俺――、三日月涼は、十二時間ぶりの恵ちゃんに会うため、ウキウキした足取りで廊下を歩き、玄関のドアを開けた。

「うおっ」

 すると、照明もつけていない暗い中、玄関に恵ちゃんが体育座りしてのお出迎えをしてくれた。

「ちょっと待って!? お尻冷えてない!?」

 俺は鞄を放り投げ、恵ちゃんの前にスライディング気味に膝をつく。

 けれど彼女は体育座りをしたまま、何やらズン……と落ち込んでいる。

「……どうしたの?」

 ふざけトーンはやめてまじめに尋ねると、彼女は大きな溜め息をついてから、ボソッと言った。

「ぶん殴ってください」

 その言葉を聞いた瞬間気が遠くなり、あまりに恐ろしくてショックを受けた。

 昔の少女漫画のように、白目になって睫毛バシバシになり、美しいハンドポーズでバックに雷を背負ってしまいそうだ。

 気持ちを落ち着かせるために一つ息を吐くと、改めて靴を脱ぎ、恵ちゃんを立たせた。

「いつからここにいたの。ちゃんと落ち着いて話せる場所に行こう」

 鞄を拾い、恵ちゃんの手を引いてリビングダイニングに入ると、彼女をソファに座らせ、一旦着替える事にした。

 着替えてすぐ恵ちゃんの所に行こうかと思ったけど、一日働いて、まだ残暑の厳しい九月上旬、そのままで好きな子の隣には座れない。

 今すぐ話を聞いてあげたい気持ちと、「汗臭男」と思われる恐怖と戦い、見事後者に負け、光の速さでシャワーを浴びた。





「お待たせ」

 スッキリして再度登場したけれど、恵ちゃんはさっき座らせた時から、一ミリも動いていない。生きているか心配だ。

 恐る恐る、彼女の鼻の下に指を近づけて呼吸を確かめようとすると、ガブッと囓られた。

「ありがとうございます!」

「……どこの限界オタクですか」

 彼女は呆れたように溜め息をつき、体勢を崩す。

「飼い猫に噛まれるの、夢だったんだ……」

「猫じゃねっす」

「恵ちゃんはいつでも、俺の可愛いマイスイートハニーキャットコネコチャンだよ」

「正しい日本語使ってください」

 彼女は突っ込んだあと、もう一度溜め息をついて「そうじゃない」と呟く。

 それから少し沈黙し、少し手をもたげては膝の上に下ろし……を繰り返し、物凄くぎこちなく腕を組んできた。

(かわああああああああああああああっっっっ!!)

 それだけで、喜びのあまりタップダンスを踊り出しそうだったけど、シリアスな雰囲気なのでグッと自分を抑える。

 でも、顔がシリアスになりきれず、恵ちゃんを抱き締めながらも、少し口元をニヤつかせてしまった。

「どうしたの?」

 気を取り直して再度尋ねると、彼女は罪悪感たっぷりに言う。

「……今日、篠宮さん狙いで朱里に加害してくる女たちに、ぶちかましちゃいました」

「あぁ~……」

「朱里に盗聴器仕込んだ分際で被害者ムーブかますし、途中で現れた女は、第二秘書の歓迎会で朱里を侮辱しました。多分、その人が反対したせいで、朱里の歓迎会は開かれなかったんですよ。……自分は選ぶ側にいると思い込んでいるのに、現実ではすでにくっついている二人の邪魔をするだけの害悪。見てるだけでイライラする!」

 彼女が怒っている理由を理解した俺は、ポンポンと恵ちゃんの肩を叩いた。

「……まだ怒りが収まってないみたいだね?」

 穏やかに言うと彼女はハッと我に返り、俯いて俺の手を握ってくる。

「……ごめんなさい。……幻滅しましたよね。私、朱里のためならどれだけだって怒りますし、嫌な奴にだってなります。感情に振り回されて、冷静じゃいられなくなります」

「うん、それだけ朱里ちゃんの事が大切なのは分かってるよ」

 そう言うと、恵ちゃんはさらに落ち込んでしまったみたいだった。

「……すみません。私、涼さんとの関係をまだ構築しきれていなくて、そっちを優先すべきなのに、朱里の事ばっかり……」

「あ、ちょっと待って」

 勘違いしたみたいなので、俺は一旦彼女の言葉を遮った。

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