部長と私の秘め事
「俺はね、朱里ちゃんの事が大切な部分を引っくるめて、恵ちゃんが大好きなの。こう言うと彼氏としてどうなのって思うけど、朱里ちゃんが第一で、俺の事は今のところ第二。でも一生懸命、俺の事も考えてくれているのが今の恵ちゃん。朱里ちゃんの事が大好きだった過去があって、今の君がいる。その全部が好きなんだよ」

「……ありがとうございます」

 恵ちゃんは安心したような、シュンとしたような表情でお礼を言い、ポフッと俺の肩に顔を埋めた。

 今、喜ぶところじゃ全然ないと分かっているし、恵ちゃんが弱っている時につけ込むような事を言って、甘えさせて悦に入るのも違う。

 でも気弱になった彼女が自分から近づいてきて、甘えてくれるのが嬉しくて、跳び上がってしまいそうに嬉しい。

「恵ちゃんが社内でバトルしてしまったのは分かるけど、そのあと問題があった? 盗聴器の下りも含めて、全部教えてくれる?」

 穏やかな声で伝えると、恵ちゃんはコクンと頷いてから話し始めた。





 少し前から食事の時、恵ちゃんから『朱里に近づく女がいる』とは聞いていた。

 失礼ながら『いつもの親友ポジでの嫉妬かな?』と思ったけれど、どうやら違うようだ。

 俺は恵ちゃんの事を〝猫〟と形容して可愛がっているけれど、単に可愛い対象として〝猫〟と言っている訳じゃない。

 気を許した相手には身を委ねて甘えるけれど、そうじゃない相手には神経質に距離感を計り、〝大丈夫〟なのかを見極める。

 ……まぁ、俺に対しての反応は、驚いた時や照れた時の反応が新鮮で『猫っぽい』と思うんだけど。

 そんな彼女の人を見極める目は、かなり本質を突いていると思っている。

 俺や尊、朱里ちゃんに対しては素で接してくれているけれど、たとえば旅行先で店のスタッフなど誰かに話しかけられた時、彼女はジッと相手を見つめる。

 注意深く話を聞く上、声色や表情、目の動きなどから、相手がどんな感情を抱いているのかを感じ取ろうとしているのだ。

 過去に痛い目を見たからそうなったのは分かるけれど、今は朱里ちゃんや周りの人に災いとなるものを持ち込まないよう、気を遣っているのかなと思っている。

 だから恵ちゃんが、朱里ちゃんに近づく女性社員を『怪しい』と思うなら、俺もその勘を八割信じるのだ。





 私――、中村恵は涼さんにすべてを打ち明けた。

 少し前から、いきなり秘書課の小鳥遊という女が朱里に近づき、違和感を抱いていた事。

 彼女の言う〝お局〟である鏑木たちが朱里を快く思っていなくても、課長たちはまともそうだと朱里から聞いていた。

 本来なら飲み会系の幹事は、リーダー気質の鏑木、もしくは雑用係が担っていたと予測できる。

 でもいつもなら『歓迎会をやりましょう』と言う人が何も言わず、課長クラスの人が『今回はやらないのか?』と尋ねても、鏑木の息が掛かった社員たちは『忙しい』とか適当な理由をつけたのだろう。

 鏑木の取り巻きは二人、フレネミーの小鳥遊を入れても、朱里を敵視するのは秘書課十五人の中、四人だ。

 そして朱里、笹島さん、エミリさん、諸岡さんを抜いても、残り七人がいる。

 うち二人は課長、課長補佐で、管理職のその人達はまともな人だろうから、篠宮さんの事も考えて、朱里の歓迎会をやらないのかと、せっついた可能性はある。

 慣例として新しいメンバーが入ったら、飲み会が好きでも嫌いでも歓迎会をやるのが社会人というもので、新顔が誰であっても〝意図的に開かない〟という事はあってはならない。

 朱里は『忙しくて、気がついたらバタバタしてて、歓迎会って時期でもなくなっちゃったみたい。上層部の入れ替わりがあったし、役員に伴って秘書課も大変だったんだと思う』と言っていたけど、気にしていない訳がない。

 課長たちが歓迎会について促しても、鏑木たちが『強制ですか?』とごねた可能性も高いし、まともな人たちは鏑木たちに逆らったら、自分までターゲットにされかねないと思うだろう。

 全部想像だけれど、このようにして朱里の歓迎会は開かれなかったのだと思っている。

 そして小鳥遊は鏑木とは別の思惑――、篠宮さんと恋人になりたいという想いで動き、鏑木たちには〝下っ端感〟を出し、彼女たちが朱里を悪く言っても適当に合わせていたんだろう。

 笹島さんの歓迎会が開かれた事で、小鳥遊は朱里との接点を得た。

 直接篠宮さんに告白しても玉砕するだろうと、弁える知能はあったみたいだ。

 でも篠宮さんが大事にしている朱里に取り入り、鏑木について『困った人ですよね~』と、あたかも朱里の味方をすれば、信頼を得られると計算しているのが、こざかしい。
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