部長と私の秘め事
そして朱里に盗聴器入りのチャームを持たせて盗聴し、少しでも二人の関係に亀裂を入れられる情報を掴んだら、それを武器に少しずつ朱里に篠宮さんへの不信感を抱かせ、亀裂を大きくさせていく。
加えて〝息抜き〟と称して合コンなどに誘い、全力で〝いい相手〟をアテンドして、朱里を幸せにしてくれる男性を見つける。
少しでも朱里が不幸な目に遭えば、篠宮さんとの元サヤを願うに決まっている。
だから『戻りたい』と思わせないほどの男を探して、朱里に宛がうつもりでいたのだ。
結婚相手を失った篠宮さんは落胆し、そこに小鳥遊が登場。
最初は篠宮さんの気持ちが頑なでも、少しずつ取り入って心の傷を癒やし、自分が結婚相手に……、というのが小鳥遊のシナリオだったんだろう。
お手洗いで小鳥遊に遭遇した時点で、私は彼女が個室に入っている間にスマホで音声を録音していた。
だから最後に私が啖呵を切ってお手洗いを去るまで、全部の音声が録音されてある。
昼休みが終わって職場に戻ったあと、少ししてから成田部長に呼ばれた。
『……なんでしょうか』
かつて〝速水部長〟がいた、透明なパーティションに囲まれた部長室に入ると、デスクについている成田部長は溜め息をついた。
『……総務部の部長から呼び出し。篠宮副社長も同席する。……分かる?』
『……分かってます』
押し殺した声で言うと、成田部長はもう一度溜め息をついてから、眼鏡を外して磨きつつ言う。
『まぁ、いつも事なかれ主義の君が、秘書課と衝突したと聞けば、大体の事は想像できる。何か言わざるを得なかった事情があったんだろう。……こう言ったら問題があるが、総務部の部長は、今までも部下を御しきれなかった件で、上から厳重注意されている。中村さんに正当性のある事情があるなら、篠宮副社長にきちんと説明すればいい。君も分かっているだろうが、副社長は人の話を聞かずに一方的な処罰を与える人じゃないから』
『はい』
〝速水部長〟がいた頃は、彼の若いカリスマに隠れていて、ともすれば若い部長に嫉妬していたんじゃないか、と言われていた成田元課長だけど、部長になったあとは安定した仕事っぷりをしている。
〝速水部長〟と違ってやや神経質な人だけど、前任の部長がいかに人気があったかを目の当たりにして、何をすれば部下の心を掴み、何をしなければ反感を買わないかは把握していると思う。
だから新体制になったあとも、私は安心して商品開発部で働けていた。
『騒ぎを起こしてしまって、申し訳ございません』
頭を下げると、成田部長は眼鏡を掛け、ヒラヒラと手を振る。
『僕が責任を被る事にはならないと思ってるから、別にいい。これでも副社長への信頼は厚いんだ。……でも、友達思いなのは分かるが、あまり会社内で騒ぎを起こさないように。〝あの部署はいつも何かある〟と思われたら、いざという時の信頼が落ちてしまうからね』
『はい。申し訳ございません』
そのあと、私は会議室へ向かった。
ノックをして恐る恐るドアを開けた私は、朱里が同席していない事を知って安堵の溜め息をつく。
代わりに笹島さんという第二秘書がいて、彼とはさほど関わりがないけれど、朱里が『信頼できる』と言っていたから、特に脅威には感じなかった。
でも心配しているのは、私のしでかした事が、巡り巡って朱里を苦しめないかだ。
ペコリと会釈をすると、篠宮さんに『座って』と椅子を示された。
会議室にいるのは篠宮さんと笹島さん、田辺総務部部長に、大迫(おおさこ)秘書課課長、人事部から来た担当者だ。
大迫課長は四十代半ばの男性で、仕事はできそうだけれど、しっかり者というよりは、女性陣の尻に敷かれていそうな雰囲気がある。
朱里の話では、課長補佐の住吉(すみよし)さんという三十代後半の女性がバリキャリな雰囲気らしいので、彼女に色々支えられているのだろう。
そんな事を考えていたら、篠宮さんが切りだした。
『秘書課の社員が、中村さんに侮辱されたと言っていたそうだが、事情を教えてくれるか?』
篠宮さんに言われ、私は『失礼致します』とスマホを出してテーブルの上に置いた。
そして前置きとして、朱里が秘書課の人にどんな扱いを受けたのか、そして小鳥遊から盗聴器入りのチャームをもらった事を話し、トイレで録音した音声を再生した。
音声を聞くにつれ、田辺部長と大迫課長の顔色がみるみる曇る。
きっと彼らは、過去に鏑木たちがエミリさんに対してやらかした事を思いだしているのだろう。
再生が終わったあと、私は液晶をトンとタップしたあと、篠宮さんを見つめる。