部長と私の秘め事
本当は朱里には知られたくなかったけど、ここまで事が大きくなったなら仕方ない。
それにヒアリングした上で、正式に小鳥遊や鏑木たちを追い出せるなら、肉を切らせて骨を断つでいいのかもしれない。
小さく頷くと、篠宮さんは話を続けた。
『大迫課長、私はあなたの管理態勢に問題があると感じている。なぜこのような出来事が二度も起こったか、納得できる説明ができるか?』
水を向けられ、大迫課長は唇を引き結び、小さく息を吐いてから返事をした。
『……秘書課の女性たちはしっかり者が多く、普段は課長補佐の住吉に一任しています。伝達したい事がある場合、同性である住吉からのほうが聞く耳を持つかと思いまして……』
『……だから、課の管理を放棄した?』
静かに問われ、大迫課長は『いえ……っ』と苦しげに否定するも、続く言葉を口にする事ができずにいる。
『管理職として課を纏めるのに、性別が関係あるのか? 昨今の女性は強いという事も承知の上だが、管理職として部下に注意する事はそんなに大変だろうか? 女性社員の性格が強いから言う事を聞かせられないなら、そもそも君の管理能力が問われるな?』
大迫課長の口からはなんの声も出なかった。
『田辺部長。あなたの管理下でこの手の騒ぎが起こるのは三度目だ。勤務歴の長い齋木さんを庇いたかった気持ちは分かるが、その後彼女は同じ過ちを犯し、橘さん、南郷さんと共に騒ぎを起こした。……そして今回は秘書課だ。……私はこうなる前に、統括している課から報告をこまめに受け、同様の問題が起こらないよう改善する事を求めたはずだ』
『…………はい…………っ』
田辺部長は毛髪の頼りなくなった額におびただしい汗を浮かべ、頻りにハンカチで拭っていた。
『私は両名ともに、管理監督責任を問いたい。厳重注意と改善指示を出した上で、人事部での再評価を求める』
静まりかえった会議室に、人事担当者がタイピングする音が響く。
『中村さんについては、口頭注意とする。……そして私自身についても、上村さんの人事を間違えていたとは言わないが、彼女の関係を考慮した上で、もっと職場環境を確認する責任があったと思っている』
他人を責めるだけじゃなく、自分にも落ち度はあったと言って落とし所をつけるのは、さすが篠宮さんだな、と感じた。
『中村さんへのヒアリングはこれで終わりとしたいが、他に言いたい事は?』
尋ねられ、私は『いいえ』と首を横に振る。
『録音データは調査資料として提出してもらいたいが、構わないか?』
『はい』
『では戻る前に、人事担当者のパソコンに音声データを送信してほしい』
『承知しました』
私は篠宮さんの言う通りにしてから、商品開発部のフロアに戻った。
**
そして今、私は涼さんの肩に頬を押しつけつつ、話を続ける。
「……それで帰宅したら、篠宮さんから謝罪のメッセージが入っていたんです。【あの場面では中村さんだけをひいきする事はできず、口頭注意となってしまってすまない。俺も今後、二度と朱里が同じ目に遭わないように気をつける】って」
「うん、そうなるね」
涼さんは私の肩を抱き、頷く。
くっついていると彼の体ごしに声が響いてきて、とても落ち着く。
「ヒアリングっていう事は朱里に盗聴の事がバレる訳で、……私が余計な事をした事も知られて……」
「そんなに悲観しなくていいと思うよ。朱里ちゃんだって、守られるだけの子供じゃないんだから」
「でも……」
「逆に恵ちゃんが誰かに陰口を叩かれていたり、盗聴器を仕掛けられて、朱里ちゃんがこっそり未然に防いでいたとする。水くさいって思わない?」
「……それは、確かに……」
「恵ちゃんに言うべき言葉じゃないかもしれないけど、もっと朱里ちゃんを信じていいと思うよ。君たち、俺が嫉妬するぐらい、お互いの事が大好きなんだから」
「そうですね」
あっさり頷くと、涼さんはガクッと項垂れた。
「……恵ちゃんさぁ……、朱里ちゃんへの愛情については、絶対に躊躇わないよね。俺に対しても、もっとまっしぐらでいいんだよ」
「いや、落ち着きました。ありがとうございます」
私は軽く会釈して涼さんから離れ、いつものようにパーソナルスペースを守った位置に座る。
「いつもの恵ちゃんに戻ってしまった……」
涼さんはソファの上で体育座りをしていじいじしたあと、不意に顔を上げて尋ねてきた。
それにヒアリングした上で、正式に小鳥遊や鏑木たちを追い出せるなら、肉を切らせて骨を断つでいいのかもしれない。
小さく頷くと、篠宮さんは話を続けた。
『大迫課長、私はあなたの管理態勢に問題があると感じている。なぜこのような出来事が二度も起こったか、納得できる説明ができるか?』
水を向けられ、大迫課長は唇を引き結び、小さく息を吐いてから返事をした。
『……秘書課の女性たちはしっかり者が多く、普段は課長補佐の住吉に一任しています。伝達したい事がある場合、同性である住吉からのほうが聞く耳を持つかと思いまして……』
『……だから、課の管理を放棄した?』
静かに問われ、大迫課長は『いえ……っ』と苦しげに否定するも、続く言葉を口にする事ができずにいる。
『管理職として課を纏めるのに、性別が関係あるのか? 昨今の女性は強いという事も承知の上だが、管理職として部下に注意する事はそんなに大変だろうか? 女性社員の性格が強いから言う事を聞かせられないなら、そもそも君の管理能力が問われるな?』
大迫課長の口からはなんの声も出なかった。
『田辺部長。あなたの管理下でこの手の騒ぎが起こるのは三度目だ。勤務歴の長い齋木さんを庇いたかった気持ちは分かるが、その後彼女は同じ過ちを犯し、橘さん、南郷さんと共に騒ぎを起こした。……そして今回は秘書課だ。……私はこうなる前に、統括している課から報告をこまめに受け、同様の問題が起こらないよう改善する事を求めたはずだ』
『…………はい…………っ』
田辺部長は毛髪の頼りなくなった額におびただしい汗を浮かべ、頻りにハンカチで拭っていた。
『私は両名ともに、管理監督責任を問いたい。厳重注意と改善指示を出した上で、人事部での再評価を求める』
静まりかえった会議室に、人事担当者がタイピングする音が響く。
『中村さんについては、口頭注意とする。……そして私自身についても、上村さんの人事を間違えていたとは言わないが、彼女の関係を考慮した上で、もっと職場環境を確認する責任があったと思っている』
他人を責めるだけじゃなく、自分にも落ち度はあったと言って落とし所をつけるのは、さすが篠宮さんだな、と感じた。
『中村さんへのヒアリングはこれで終わりとしたいが、他に言いたい事は?』
尋ねられ、私は『いいえ』と首を横に振る。
『録音データは調査資料として提出してもらいたいが、構わないか?』
『はい』
『では戻る前に、人事担当者のパソコンに音声データを送信してほしい』
『承知しました』
私は篠宮さんの言う通りにしてから、商品開発部のフロアに戻った。
**
そして今、私は涼さんの肩に頬を押しつけつつ、話を続ける。
「……それで帰宅したら、篠宮さんから謝罪のメッセージが入っていたんです。【あの場面では中村さんだけをひいきする事はできず、口頭注意となってしまってすまない。俺も今後、二度と朱里が同じ目に遭わないように気をつける】って」
「うん、そうなるね」
涼さんは私の肩を抱き、頷く。
くっついていると彼の体ごしに声が響いてきて、とても落ち着く。
「ヒアリングっていう事は朱里に盗聴の事がバレる訳で、……私が余計な事をした事も知られて……」
「そんなに悲観しなくていいと思うよ。朱里ちゃんだって、守られるだけの子供じゃないんだから」
「でも……」
「逆に恵ちゃんが誰かに陰口を叩かれていたり、盗聴器を仕掛けられて、朱里ちゃんがこっそり未然に防いでいたとする。水くさいって思わない?」
「……それは、確かに……」
「恵ちゃんに言うべき言葉じゃないかもしれないけど、もっと朱里ちゃんを信じていいと思うよ。君たち、俺が嫉妬するぐらい、お互いの事が大好きなんだから」
「そうですね」
あっさり頷くと、涼さんはガクッと項垂れた。
「……恵ちゃんさぁ……、朱里ちゃんへの愛情については、絶対に躊躇わないよね。俺に対しても、もっとまっしぐらでいいんだよ」
「いや、落ち着きました。ありがとうございます」
私は軽く会釈して涼さんから離れ、いつものようにパーソナルスペースを守った位置に座る。
「いつもの恵ちゃんに戻ってしまった……」
涼さんはソファの上で体育座りをしていじいじしたあと、不意に顔を上げて尋ねてきた。