部長と私の秘め事

実家への誘い

「シルバーウィークに同窓会があるって言ってたよね?」

「はい」

「その頃に、実家に来てほしいなって思ってるんだけど、どう?」

「えっ!?」

 突然な話をされ、私はスックと立ちあがり、広いリビングを歩き始める。

「あっ、ちょっと待って? そこまで悩む事かな!? 以前からなんとなく話をしていたつもりだけど……。あっ、恵ちゃん待って……!」

 私があまりにスタスタと早足で歩くので、慌てた涼さんは立ちあがってついてくる。

 第一回、三日月邸競歩大会の始まりだ。

「ついて来ないでくださいよ。カルガモの赤ちゃんじゃあるまいし」

「だって、恵ちゃんがどっか行きそうで!」

「考えを整理するのに、体動かしたほうがいいでしょう。別に外に行くって言うんじゃないんですから」

「待ってよ恵ちゃん」

 最初はスタスタと無心に歩いていたけれど、そのうち考えが纏まってくる。

 窓側の一人掛けソファに腰かけた私は、横向きに座って夜景を眺めつつ言う。

「……別に、反対はされていないんですよね?」

 隣のソファに腰かけた涼さんは、胡座をかいてニンマリと笑う。

「当然だよ。反対されてたら、俺はとっくにクーデター起こしてるからね」

「うわぁ……」

 冗談で言ったんだろうけど、彼ほど能力のある人が社内クーデターとか起こしたら、とんでもない事が起こりそうだ。

「……それでさ」

 涼さんは私を見つめつつ、何だかいつもらしくなくモジモジしている。

「トイレ行きたいならどうぞ」

「そうじゃなくて! …………そ、そろそろ、婚約指輪とかも考えないかな!?」

「…………オウ…………」

 いきなりなド直球がきて、私は思わず外国人のような驚き方をしてしまった。

「分かってるよ!? 佳苗さんが言った一年には、まだまだ満たない。でも……、〝約束〟の形があると俺も安心できるっていうか……」

 彼らしくなく照れて焦っている様子を見ると、何だかおかしくなる。

「普通、逆じゃないですか? 涼さんが選ぶほうなのに」

「何言ってんの。俺はいつも、恵ちゃんに捨てられないように必死だよ」

 まじめな顔で言われ、不覚にもジワッと赤面してしまった。

「けーいちゃん」

 涼さんは愛しげな表情で私を見つめ、名前を呼んでくる。

 それだけなのに、分不相応な幸せを得ていると思ってしまった。

「……どうしたの? なんでそんな顔してるの?」

 彼は手を伸ばし、私の顔に掛かった髪をサラリと耳に掛ける。

「……名前……」

「ん?」

「……涼さんだけなんです。〝恵ちゃん〟って呼ぶの」

「……うん」

 彼は意味を分かっていなさそうに頷く。

「みんな私を〝恵〟って呼び捨てにします。あとは〝中村〟とか〝中村さん〟とか」

「……あぁ、確かにそうかもね」

「…………だから…………。…………う、……嬉しいんです。…………とっ、トクベツッ、で……っ」

 瀕死になりつつ伝えると、涼さんの顔がみるみる笑顔になっていく。うぅ……。

 反射的に憎まれ口を叩きたくなるが、彼が結婚について一歩進もうとしているなら、私もそれに応えなくては。

「リョウサンにケイチャンって呼ばれると、アイサレテルナッて思いますネッ」

 私はピクピクと頬を引きつらせながら笑い、指ハートまでしてみせた。

「ごめん…………っ。可愛い…………っ!」

 涼さんは涙を流して笑い、ソファから立ちあがると私を抱き締めてきた。

 力一杯抱き締められ、彼の胸板に頬が押し潰される。

「恵ちゃんのそのぎこちない、それでいて精一杯の愛情表現が芸術点高くて、…………どうすればいいかな、これ……っ! 映画化すればいい!? 『劇場版ケイチャン』!?」

「相変わらず頭の中、とっちらかってますね」

 私は暑苦しい雄っぱいにギュウギュウ押されながら、ぶっきらぼうに言う。

「……そういう所も、スッ…………、好き、…………ですよ」

 ボソッと言った途端、涼さんはガバッと身を引き、まじまじと私を見つめてくる。

 そんなリアクションをとられると、一気に恥ずかしくなってくる。

「すっ、すみませんね! 常識的に考えて槍は降ってこないと思いますが、季節外れの雹あたりは降るかも!」

 とっさに照れ隠しをした瞬間、また抱き締められていた。

「かっ……わいい…………」

 今度はさっきみたいな強い抱擁ではなく、愛おしむような優しい抱き締め方だ。

「……恵ちゃんって本当に無自覚小悪魔だよね。俺を翻弄してやろうって自覚はないんだろうけど、普段塩対応なだけに、こうやって頑張って本音を明かしてくれると、すっごい……、クる」

 涼さんはそう言って私の手を握り、自分の胸板に触れさせる。

「分かる? すっごいバクバクしてるの」

 囁かれた私は、羞恥とも気まずさとも言えない感覚に襲われて俯く。

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